九州アジアリーグ時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/08 08:39 UTC 版)
11月7日に開催された九州アジアリーグ(2021年より開幕する新たなプロ野球独立リーグ)の入団トライアウトに参加し、11月10日に火の国サラマンダーズに合格したことが発表された。その後、球団Twitterにて背番号が「6」となることが報じられた。九州アジアリーグは関西独立よりも試合数が多く、福岡ソフトバンクホークスの三軍とも対戦できることから九州アジアリーグ入りを決めたと語る。 2021年4月10日、琉球ブルーオーシャンズとの交流戦(公式戦ではないが、選手成績には反映される)に救援で初登板したが、3与四球、2被安打で3失点を喫し、1アウトしか取れずに降板した。期間を空け、6月の試合から復帰すると、登板数は少なかったが、試合ごとに走者を出しながらも無失点や1失点にまとめ上げる投球内容を見せ、9月は6試合に登板し、2勝、2ホールド、防御率0.69を記録した。9月23日のホーム最終戦(対大分B-リングス・山鹿市民球場)では熊本入団後初めての先発登板を任され、5回2失点でしのいで勝利をあげている 2022年3月26日、対大分戦(リブワーク藤崎台球場)で熊本入団後2度目の先発登板を任され、6回と1/3を無失点と好投し、シーズン初勝利をあげた。
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