久賀村 (山口県)とは? わかりやすく解説

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久賀町

(久賀村 (山口県) から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/30 15:18 UTC 版)

くかちょう
久賀町
嵩山展望テラス
久賀町旗 久賀町章
廃止日 2004年10月1日
廃止理由 新設合併
久賀町大島町橘町東和町→周防大島町
現在の自治体 周防大島町
廃止時点のデータ
日本
地方 中国地方
都道府県 山口県
大島郡
市町村コード 35301-9
面積 23.12 km2
総人口 4,483
()
隣接自治体 大島郡大島町橘町東和町
町の木 くろがねもち
町の花 みかんの花
久賀町役場
所在地 742-2301
山口県大島郡久賀町大字久賀5134番地
外部リンク 久賀町役場(Internet Archive)
座標 北緯33度56分48秒 東経132度15分37秒 / 北緯33.94653度 東経132.26039度 / 33.94653; 132.26039座標: 北緯33度56分48秒 東経132度15分37秒 / 北緯33.94653度 東経132.26039度 / 33.94653; 132.26039
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久賀町(くかちょう)は、山口県屋代島(周防大島)にかつてあった大島郡に所属していた。面積は23.12平方キロメートル、人口は4,483人だった。

2004年10月1日大島町橘町東和町と合併し、周防大島町となり廃止した。

地理

山口県東部の屋代島(周防大島)の中部に位置している。西は大島町に接し、東は橘町に接し、北は広島湾を臨んでいた。

歴史

屋代島(周防大島)最高地嘉納山北側に広がる沖積地に位置する久賀は、早くから人の住み着いた痕跡があり。古代・中世においては、瀬戸内海の東西航路の脇中継地(本航路は上関ー大鎌刈)として。また、周防国東部の海域沿岸の中心として郡家が置かれ栄えた町である。

地域

教育

文化

電気

1911年(明治44年)5月事業許可を得ると10月大島電気を設立[1]。久賀町に発電所(瓦斯力、30kw)を建設。1912年(大正元年)9月事業開始[2] 1918年(大正7年)8月中外電気に合併される[3]

交通

道路

国道

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

出身者

脚注

  1. ^ 『日本全国諸会社役員録. 第21回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  2. ^ 『電気事業要覧. 第〔6〕回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ 『電気事業要覧. 第13回』(国立国会図書館デジタルコレクション)

関連項目

外部リンク




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