三浦嘉門
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三浦 嘉門 | |
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生誕 | 1882年3月23日![]() |
死没 | 没年不明 |
所属組織 | ![]() |
軍歴 | 1905年 - 1938年 |
最終階級 | ![]() |
三浦 嘉門(みうら かもん、1882年(明治15年)3月23日[1] - 没年不明[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
経歴
宮城県出身[1]。陸軍士官学校第17期卒義[1]。1922年(大正11年)2月に陸軍歩兵少佐に進級し、1923年(大正12年)9月時点で陸軍士官学校予科訓育部附の任にあった[2]。1925年(大正14年)12月、陸軍歩兵中佐と同時に歩兵第70連隊附に着任し[3]、1927年(昭和2年)3月に独立守備歩兵第1大隊長に転じた[4]。
1931年(昭和6年)8月1日、陸軍歩兵大佐進級と同時に近衛師団司令部附となり[4]、中央大学に配属され[4]、1933年(昭和8年)8月に鳥取連隊区司令官に着任した[4]。1936年(昭和11年)3月7日には陸軍少将進級と同時に第6師団司令部附を発令され[1][4]、1938年(昭和13年)7月15日に待命となり[1]、7月27日に予備役に編入された[1]。
脚注
参考文献
- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。 ISBN 4829500026。
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