一畳敷書斎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/29 14:26 UTC 版)
武四郎が1886年に五軒町の自宅の片隅に造った一畳敷の書斎が、東京都三鷹市の実業家・山田敬亮の別荘「泰山荘」の茶室に移築され、現在は国際基督教大学構内「泰山荘高風居(こうふうきょ)」として国の登録有形文化財に登録されている。武四郎が記した目録『木片勧進』によると、法隆寺、熊野本宮、春日大社、久能山稲荷神社、伊勢神宮外宮、東福寺仏殿といった全国の社寺の白鳳時代から江戸時代後期に渡る古材を譲り受けて組み上げたもので、武四郎は「死んだら一畳敷を解体してだびに付してほしい」と遺言した。 ところがその死後、徳川頼倫の南葵文庫に移築、次に代々木上原の徳川家別邸「静和園」の茶室「高風居(気高い人の住まいの意で、武四郎を称えて命名)」に移され、さらに三鷹の山田敬亮別荘に移築される。戦時中に同別荘地を買い取った中島飛行機が戦後に大学用地として売却したことから、国際基督教大学構内に保存された経緯がある。特別公開は、大学祭の期間中のみ。
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