ロト(لوط)、ソドムとゴモラ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/11 15:56 UTC 版)
「聖書の説話とクルアーンの関係」の記事における「ロト(لوط)、ソドムとゴモラ」の解説
詳細は「ロト (聖書)」および「ソドムとゴモラ」を参照 創世記19:1-26。サラーに関する物語は、アル・ヒジュル 57-77 で全体像が語られ、フード 74-83 、アル・アアラーフ 80-84 、アッ・シュアラーゥ 160-174 、アン・ナムル 54-58 、アル・アンカブート 28-35 、アッ・サーッファート 133-138 、アッ・ザーリヤート 31-37 、アル・カマル 36-39 の各スーラで繰り返される。 アブラハムを訪れた後、幾人かの天使が訪れた町にはロト(ルート)が移住していた。天使はアブラハムに、間もなく神が人々の不正ゆえに町を滅ぼすだろうと告げた。人々は天使を見て、セックスを誘いかける。ロトは彼らの代わりに娘を差し出そうとするが、彼女らは最初に助けられる。天使はロトに、夜のうちに家族を逃がすよう、また後ろを振り向かぬよう言う。天から降り注ぐ石(聖書では硫黄の火)によって、神は人々を滅ぼす。ロトの妻は、振り返って燃える町を見ようとして塩の柱になってしまう。 クルアーンと聖書には、いくつかの相違点がある。 クルアーンでは、ルートは預言者である。創世記19:1-29では、ロトは町の門に座っているが、ここは人々が年長者からの助言を求める場所である。ロトは公正に行動し、二人の天使に、外の広場で夜を過ごすよりも自分のところで過ごそうと誘う。新約聖書では、使徒ペトロはロトを、ソドムの悪人たちのみだらな生活によってひどく悩まされていた義人だと述べている。 創世記でのロトの妻は、ロトと一緒に去ろうとするが、一瞬振り返ったため、神に塩の柱に変えられる。クルアーンでは、妻は町を去ろうとしなかった。 聖書とクルアーンで、アブラハム(イブラーヒーム)は神に慈悲を乞うている。創世記では、もし正しい者が町に10人いればソドムの町を滅ぼさないよう神を説得したが、その人数を見つけることはできなかった。クルアーンでは、神の慈悲をあきらめるようにイブラーヒームは宣告される。
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