ルーシ・ビザンツ条約
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/30 14:52 UTC 版)
ルーシ・ビザンツ条約(ルーシ・ビザンツじょうやく)は、キエフ・ルーシとビザンツ帝国の間に結ばれた条約。
- ルーシ・ビザンツ条約 (907年)
- ルーシ・ビザンツ条約 (911年)
- ルーシ・ビザンツ条約 (945年)
- ルーシ・ビザンツ条約 (971年)
- ルーシ・ビザンツ条約 (1045年)
ルーシ・ビザンツ条約(944年)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/17 06:23 UTC 版)
「イーゴリ1世」の記事における「ルーシ・ビザンツ条約(944年)」の解説
944年、イーゴリ1世は東ローマ帝国と講和し、新たな条約を結ぶ。ただし今回は、オレグが締結した前回の条約(907年の条約)に比べルーシの商人の権利が制限され、違反時の罰則が強化される、などの不利な内容となった。皇帝は宣誓のためにキエフに使者を送った。イーゴリは使者たちをスラブの雷神ペルーンの丘に招いた。イーゴリと家来たちはペルーンに誓い、キリスト教徒のヴァリャーグ人やコザール人は教会で宣誓した。その条約には、各地の有力者とおぼしき名前が多数並び、いまだキエフ公国の力が周囲に及んでいないことを示していた。
※この「ルーシ・ビザンツ条約(944年)」の解説は、「イーゴリ1世」の解説の一部です。
「ルーシ・ビザンツ条約(944年)」を含む「イーゴリ1世」の記事については、「イーゴリ1世」の概要を参照ください。
固有名詞の分類
条約 |
ロンドン条約 安政五カ国条約 ルーシ・ビザンツ条約 ニンフェンブルク条約 ベラルーシ・ロシア連合国家創設条約 |
- ルーシ・ビザンツ条約のページへのリンク