ルーシと東ローマによる支配
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/28 15:47 UTC 版)
「クリミアの歴史」の記事における「ルーシと東ローマによる支配」の解説
「トムトロカン公国」および「テマ・ケルソン」も参照 10世紀中頃、クリミア半島の東部はハザールを滅ぼしたキエフ大公国のスヴャトスラフ1世によって征服され、チェルニヒウ地方のルーシのトムタラカニ公国(トムトロカン公国)の一部となった。988年には、ウラジーミル1世が東ローマ帝国の都市ケルソネソス(現在のセヴァストポリ)を占領し、ここでキリスト教に改宗した。ケルソネソスの遺跡にはこの出来事を記念してロシア正教会のケルソネソス聖堂(英語版)(聖ウラジーミル大聖堂)が立てられている。 これと同じ頃、9世紀から11世紀にかけて、半島の南端部はビザンチン帝国(東ローマ帝国)の支配下に置かれていた。東ローマ帝国はここに軍管区のテマ・ケルソンを置いた。
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