リオデジャネイロパラリンピック以降
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/03 23:41 UTC 版)
「中西麻耶」の記事における「リオデジャネイロパラリンピック以降」の解説
2017年7月の世界パラ陸上競技選手権大会の走幅跳で3位となり、国際大会で初めてメダルを獲得。2018年10月9日-10日 ジャカルタ アジアパラ大会に出場 (100m、走幅跳び)し、 9日走幅跳び 5m44で優勝、10日 100m 14秒48で2位となった。 2019年11月7日-15日 ドバイ 世界パラ陸上選手権大会に出場し、11日走幅跳び 5m37で優勝。2020年東京パラリンピック出場が内定した。2020年9月5日の日本パラ陸上競技選手権大会の走幅跳びで5m70で優勝し、アジア記録・日本記録を4年ぶりに更新した。 2020年から阪急交通社に所属 。
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