ラッセルによる世界の因果骨格の議論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/09 03:40 UTC 版)
「哲学的ゾンビ」の記事における「ラッセルによる世界の因果骨格の議論」の解説
20世紀前半、哲学者バートランド・ラッセルが『物質の分析(Analysis of Matter)』(1927年)を中心に様々な著作の中で展開した議論の中にも、同種の議論が見られる。ラッセルは物理学はどのようなものか、ということの分析を行う中で、物理学は対象と対象の間にどのような関係があるかを扱うが、そうした関係をもつ当の対象の内在的性質が扱えない、とし、物理学が行う世界の記述を外形的なもの、「世界の因果骨格(Causal Skelton of the World)」を扱ったものだとした。 物理学は数学的である。しかしそれは私達が物理的な世界について非常によく知っているためではなく、むしろほんの少ししか知らないためである - 私達が発見しうるのは世界の持つ数学的な性質のみである。物理的世界は、その時空間な構造のある抽象的な特徴と関わってのみ知られうる - そうした特長は、心の世界に関して、その内在的な特徴に関して何か違いがあるのか、またはないのか、を示すのに十分ではない。 — バートランド・ラッセル 『Human knowledge: It's Scope and Limits』(1948年) 私達が直接に経験する心的事象である場合を除いて、物理的な事象の内在的な性質について、私達は何も知らない。 — バートランド・ラッセル 『Mind and Matter』(1956年)
※この「ラッセルによる世界の因果骨格の議論」の解説は、「哲学的ゾンビ」の解説の一部です。
「ラッセルによる世界の因果骨格の議論」を含む「哲学的ゾンビ」の記事については、「哲学的ゾンビ」の概要を参照ください。
- ラッセルによる世界の因果骨格の議論のページへのリンク