ヘンリー・B・ウィルソン (ミサイル駆逐艦)とは? わかりやすく解説

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ヘンリー・B・ウィルソン (ミサイル駆逐艦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/10/31 15:13 UTC 版)

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艦歴
発注
起工 1958年2月28日
進水 1959年4月22日
就役 1960年12月17日
退役 1989年10月2日
その後 2003年8月15日標的艦として海没処分
除籍 1990年1月26日
性能諸元
排水量 満載:4,500トン
全長 437 ft (133.2 m)
全幅 47 ft (14.3 m)
吃水 22 ft (6.7 m)
機関 バブコック・アンド・ウィルコックスボイラー4缶 1,200psi
ゼネラル・エレクトリック蒸気タービン2基 70,000shp
2軸推進
速力 30ノット以上
乗員 士官、兵員354名
兵装 Mk 42 5インチ単装砲 2基
Mk 11 連装ミサイル発射機 1基
ターター後にSM-1MR)
Mk 112アスロック8連装発射機 1基
Mk 32 3連装短魚雷発射管 2基
モットー Non Verbis Sed Re (Deeds not Words)

ヘンリー・B・ウィルソン(USS Henry B. Wilson, DDG-7)は、アメリカ海軍ミサイル駆逐艦チャールズ・F・アダムズ級ミサイル駆逐艦の6番艦。艦名はヘンリー・B・ウィルソン提督に因む。

艦歴

ヘンリー・B・ウィルソンは1958年2月28日にミシガン州ベイシティのデフォー造船で起工する。1959年4月22日にウィルソン提督の娘、パトリック・J・ハーレイ夫人によって進水し、1960年12月17日にL・D・カーニー艦長の指揮下就役した。

ヘンリー・B・ウィルソンはベトナム戦争においてトンキン湾ヤンキー・ステーションで空母への航空警戒任務に従事し、シードラゴン作戦に参加、その他パイロットの捜索救助、支援艦砲射撃任務を行った。1975年にはカンボジア水域で発生したマヤグエース号事件に際して、乗組員の救出作戦に参加した。

ヘンリー・B・ウィルソンは1989年10月2日に退役し、1990年1月26日に除籍、1994年4月15日にスクラップとして売却された。スクラップの契約は1999年3月23日に終了し、2002年4月6日に転売された。その後海軍が再取得し、標的艦として2003年8月15日に海没処分された。

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