フセヴォロド・ガルシンとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > デジタル大辞泉 > フセヴォロド・ガルシンの意味・解説 

ガルシン【Vsevolod Mikhaylovich Garshin】

読み方:がるしん

[1855〜1888ロシア小説家社会悪不正に対し理想主義的態度貫いた持病精神病終生悩まされながら執筆、のち自殺。作「四日間」「赤い花」など。


フセーヴォロド・ガルシン

(フセヴォロド・ガルシン から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/05 14:14 UTC 版)

レーピンによるガルシンの肖像画

フセーヴォロド・ミハイロヴィチ・ガルシンロシア語: Всеволод Михайлович Гаршин, ラテン文字転写: Vsevolod Mikhajlovich Garshin, 1855年2月14日 - 1888年4月5日)は、ロシア小説家。作品に『赤い花』『四日間』『信号』などがある。

略歴

ロシアのエカテリノスラフ県(現在のウクライナ領)に生まれる。貴族であった父などの影響で、幼年期からトルストイなどのロシア古典文学を始め、ユーゴーチェルヌイシェフスキーの著作に親しんだ。

1863年、ガルシンはペテルブルクに転居し、地元の中学校へ通った。このころから精神疾患に悩まされるようになり、生涯にわたりガルシンを苦しめた。

中学を卒業後、工業専門学校に通っていたガルシンは、1877年に開戦した露土戦争が激しくなると従軍を志願してブルガリアなどに赴いた。この戦地での経験や取材を元に、『四日間』や『戦争情景』などの作品を書き上げた。

1883年に医学生のナジェージダ・ニコラエヴナと結婚。同時期にガルシンは妻の名を題にした『ナジェージダ・ニコラエヴナ』を書き上げた。しかしこの頃、精神疾患の症状が悪化したため、この頃に書かれた作品の数は少ない。

1888年コーカサスに転地療養する直前に飛び降り自殺を図った。その際の怪我が致命傷となり、同年4月5日に死去した。

作品について

精神病にたびたび悩まされ、33歳で自殺したため、ガルシンが生涯に残した作品は20作品程度しかない。

初期の作品は、自らの戦争体験にもとづいたものが多い。また学生時代には画家ヴェレシチャーギンらとも交流があり、美術評論も数作著している。

戦場からペテルブルクに戻った1877年から1880年にかけては、ガルシンが創作に没頭することができた時期で、『邂逅』『従卒と士官』『画家たち』『アッターレア・プリンケプス』など、この頃に書かれた作品も多い。

しかしその後精神疾患の発作に悩まされ、精神病院で療養する日々を送った。この時期に書かれた作品として、『あかい花』『夢がたり』が挙げられる。また歴史小説を執筆する計画もあり、資料の収集などを行っていたが、ガルシンの死によりこれは実現に至らなかった。

日本では、二葉亭四迷神西清などが翻訳し、その著作を紹介した。プーシキンとともに、太宰治が傾倒した作家としても知られる。

主要な著作

  • 四日間(1877年)
  • 戦場風景-アヤスラル戦闘-(1877年)
  • 事件(1878年)
  • ごく短い小説(1878年)
  • 臆病者(1879年)
  • 邂逅(1879年)
  • 画家たち(1879年)
  • 従卒と士官(1880年)
  • アッタレーア・プリンケプス(1880年)
  • 夜(1880年)
  • 夢がたり(1882年)
  • ペテルブルグ便り(1882年)
  • 兵卒イワーノフの回想より(1883年)
  • あかい花(1883年)
  • 熊(1883年)
  • がま蛙と薔薇の花(1884年)(童話)
  • ナジェージダ・ニコラーエヴナ(1885年)
  • 騎人アゲイの話(1886年)
  • 蛙の旅行家(1887年)(童話)
  • 信号(1887年)

参考文献

  • 『あかい花』神西清訳(岩波文庫
  • 『ガルシン全集 全1巻』中村融訳 (青娥書房) ~現在では絶版~

外部リンク



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「フセヴォロド・ガルシン」の関連用語

フセヴォロド・ガルシンのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



フセヴォロド・ガルシンのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのフセーヴォロド・ガルシン (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS