ピタゴラスと豆
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/30 02:32 UTC 版)
ピタゴラスはなぜか、豆をたいへんに嫌った。そのためピタゴラス教団では、豆を食べない規則が全員に強制された。この奇癖は迷信の多かった当時の基準でも異様で、理由についての色々な憶測があり、アリストテレスは「豆は性器に似ている、あるいはまた地獄の門に似ているから」と書いている。また「食べない方が胃によく安眠が出来るから」という単なる健康上の理由であるともいい、さらに「選挙のときの籤に使われるから」という、政治的理由であったともいう。ディオゲネス・ラエルティオスは『ギリシア哲学者列伝』の中でピタゴラスの最期に関する4つの説を紹介しているが、それによると彼は豆畑を通って逃げるより、追っ手に捕まって殺されることを選んでいる。 クロトンで暴徒に家に放火され、逃げ出したが豆畑のふちに追いつめられ、咽喉を切られて殺された。 メタポンティオンのムゥサの女神たちの神殿に逃げ込み、40日間の断食をした後で死んだ。 - ディカイアルコスの説 メタポンティオンに退き、断食をして死んだ。 - ヘラクレイトスの説 アクラガス人とシュラクサイ人との戦闘で、アクラガス側に参加して戦った。しかしアクラガス軍が敗走し、ピタゴラスは豆畑を避けて廻り道をしたためシュラクサイ軍に追いつかれて殺された。 - ヘルミッポスの説
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