ジョヴァンニ・アルヴァネ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/15 09:24 UTC 版)
ジョヴァンニ・アルヴァネ Giovanni Arvaneh |
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2021年撮影
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生年月日 | 1964年3月24日 |
没年月日 | 2025年5月14日(61歳没) |
出生地 | ![]() |
国籍 | ![]() |
民族 | イラン系ドイツ人[1] イタリア系ドイツ人[1] |
身長 | 183 cm[2] |
職業 | 俳優、心理療法士 |
ジャンル | テレビ・舞台 |
活動期間 | 1991年 - 2023年 |
ジョヴァンニ・アルヴァネ(Giovanni Arvaneh, 1964年3月24日 - 2025年5月14日[3])はドイツの心理療法士、元俳優。 瞳は茶色[2]。母語のドイツ語以外では、英語は流暢、アメリカ英語とトルコ語も話せる他、イタリア語も基本的な会話は可能[2]。
生い立ち
1964年に西ドイツのミュンヘンで生まれる。父親は1960年代にイランからドイツに渡り、読み書きができないにもかかわらずビジネスマンとして成功した人物で、母親はイタリア人。2人はミュンヘンの街中で偶然に出会って結婚した[1]。
母親は赤ん坊の世話ができなかったために、すぐに里親に預けられ、その後、イタリアに住む伯母に引き取られる。イタリアでの生活は「人生で一番幸せな時期だった」と本人は語っている[1]。しばらくして、母親によってミュンヘンに連れ戻されるが、父親の暴力から逃れるため、母親に連れられてトルコのイスタンブールに逃げ、そこで小学校に通うようになる。しかし、トルコでの生活は母子ともに辛いものであったため、母親はミュンヘンで夫と暮らすことを決め、息子を連れて戻るが、そこで再び父親による虐待が始まる。当時の「人生の充実感を味わう機会がなかった」経験が「誰にでもなれる」俳優になった理由かもしれないと本人は語っている[1]。また、「若い頃はドイツ人になりたかったのですが、ほとんどの人にとっては外国人に過ぎませんでした。今は自分のことを、特定の国籍やグループに属するというよりは、観察者として見ています。これはかなり解放感があります」とも語っている[1]。
略歴
1987年から1990年まで、アリ・ヴンシュ=ケーニッヒ主宰の新ミュンヘン演劇学校で学ぶ[2][4]。
その後、舞台俳優として活動を始め、1994年からテレビドラマに出演するようになり、1995年から2010年まで出演したソープオペラ『Marienhof』で演じたトルコ系の登場人物であるズーロ役で知られるようになる[4]。
2011年の主演映画『ゼンネ・ダンサー』の撮影がトルコのイスタンブールで行なわれ、その後トルコ語を学ぶ。以降は、トルコでテレビ映画やテレビシリーズに出演する[4]。
シュテンダールのアルトマルク劇場のアンサンブルメンバーである(2013年時点)[5]。
ゲシュタルト療法士やシステミックコーチングの訓練を受けた心理療法のハイルプラクティカーの資格も持っている[2][4]。2013年には数人の仲間とともにベルリンにコーチング会社「Home of Coaching」を設立し、フランクフルトとデュッセルドルフにも支店を構えている[4]。
2021年2月に185人のレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、クィア、ノンバイナリー、トランスジェンダーの俳優とともにSZマガジン誌の#ActOutイニシアチブの一環としてゲイであることをカミングアウトしている[4][6]。
2023年に末期の腎臓がんで余命わずかであることを公表し[7][8]、その後、俳優を引退する。
2024年にはセラピストおよびPSYCH-K®のカウンセラーとして活動を開始する。
2025年5月14日に腎臓がんとの闘病の末に死去したことが、自身のInstagramで発表された[3]。
私生活
2021年になってゲイであることをカミングアウトしたことについて、インタビューで次のように語っている[4]。
自分がゲイであることに気付いたのは子供の頃で、そのことにどんな意味があるのかもよくわかっていませんでした。家族からは疎まれて追い出され、演劇学校では、この職業で成功したいなら自分がゲイであることを決して認めてはいけないと徹底的に教え込まれました。個々の作品の責任者たちは、私がゲイであることが公になったら、私のキャリアは終わってしまうかもしれないと、何度も「親切に」指摘してくれました。(中略)57歳になった今、私がゲイであろうと、問題のある奴であろうと、あるいは他の何であろうと、もう誰も気にしないでしょう。(中略)それ(自分のカミングアウト)が今世界を変えるかどうかはわかりません。(中略)それでも、私は声明を出して若者に手本を示し、私が若い頃には支持されなかったことのロールモデルになりたいと思ったのです。
主な出演作品
テレビドラマ
- Marienhof (1995-1997, 1998, 2003-2010) - ズーロ 役
舞台
- マイ・フェア・レディ My Fair Lady (2017-2018) - ヘンリー・ヒギンズ教授 役
映画
- ゼンネ・ダンサー Zenne (2011) - ダニエル・ベルト 役(主演)
出典
- ^ a b c d e f Rinke, Claudia (2017年2月1日). “We are going on an adventure - Giovanni Arvaneh’s childhood in an Iranian-Italian family” (英語). claudiarinke.com. Claudia Rinke | GLOBAL STORIES. 2019年8月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年3月25日閲覧。
- ^ a b c d e “Giovanni Arvaneh - Actor” (英語). CASTFORWARD. e-TALENTA. 2025年3月26日閲覧。
- ^ a b “Trauer um Soap-Star„Marienhof“-Darsteller Giovanni Arvaneh tot – er starb viel zu jung” (ドイツ語). Express. (2025年5月15日) 2025年5月15日閲覧。
- ^ a b c d e f g Pionke, Peter (2021年6月11日). “Giovanni Arvaneh: Seine schwerste Rolle spielte er im Leben” (ドイツ語). Die Stadtzeitung 2025年3月25日閲覧。
- ^ “Bereiche und Mitarbeiter” (ドイツ語). Theater der Altmark in Stendal (2013年5月13日). 2015年1月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年3月25日閲覧。
- ^ Emcke, Carolin; Fritzsche, Lara (2021-02-05). “Ich komme aus einer Welt, die mir nicht von mir erzählt hat” (ドイツ語). Süddeutsche Zeitung Magazin: S. 8–21.
- ^ Zsolnay, Maria (2023年8月11日). “Krebsdrama um Giovanni Arvaneh” (ドイツ語). tz.de 2025年3月25日閲覧。
- ^ “„Leben mit Krebs/Living with Cancer: Finding Purpose and Meaning“” (ドイツ語). YouTube. Giovanni Arvaneh (2023年6月30日). 2025年3月25日閲覧。
外部リンク
- ジョヴァンニ・アルヴァネのページへのリンク