グレッグ、ギブス、スミスの抵抗
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/20 00:17 UTC 版)
「ディンウィディ・コートハウスの戦い」の記事における「グレッグ、ギブス、スミスの抵抗」の解説
午後2時、スミスの旅団が攻撃されているとき、グレッグの旅団がディンウィディ・コートハウスからフィッツジェラルド・フォードでスミス隊を支援するために移動した。グレッグは状況が落ち着いていることを見て、ダンス・フォードで戦闘が起きているという報告があったので、自隊にはそちらに移動する準備をさせた。シェリダンが、南軍の側面と後方から攻撃できる位置に向かわせる作戦だったJ・ボアソー農園の3個旅団を動かした後、グレッグの旅団には野原を抜けてアダムズ道路を確保し、スタッグ、フィッツヒュー、デイビースに対抗して前進してくる南軍に立ち向かうよう命令した。ピケットがディンウィディ・コートハウスから離れて北東に動いていたので、ギブスが間もなくグレッグスと合流し、ピケット隊の側面と後方を攻撃できるようになり、ピケット隊を戻して立ち向かってくるようにさせた。 アダムズ道路とブルックス道路の交差点からギブスが南軍歩兵部隊を止めて置き、グレッグが前進して、ギブス隊と連携できるようにした。続いてこれら旅団がピケットの前進してくる歩兵部隊と戦った。これにはマンフォードの騎兵隊が左側面を守っており、その後は方向を逸れて、J・ボアソー農園で再編成している旅団への対抗に向かった。グレッグ隊は南軍からの攻撃を待たずに押し出して、幾らかの兵士を捕虜に取った。 グレッグとギブスはおよそ2時間、ブルックス道路の南のアダムズ道路で前線を保ち、その後にギブスの旅団が後退した。グレッグの陣地はギブス隊の支援が無ければ保てなかったので、彼らも後退した。グレッグとギブスの部隊がフォード・ステーション道路を過ぎて後退した時、スミス隊がピケット隊の前進によって、それまで陣取っていた場所で遮断される可能性があったので、フィッツジェラルド・フォードから戻ってきたスミスの旅団と合流した。スミスは後退を強いられたときに午後5時半近くまで、浅瀬でフィッツヒュー・リー隊の攻撃を凌いでいた。スミスはアダムズ道路でカスター師団のケイプハート旅団の左で隊形を整えた。
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