カール大帝の戴冠とオットー大帝による帝権の復活
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/22 22:39 UTC 版)
「神聖ローマ皇帝」の記事における「カール大帝の戴冠とオットー大帝による帝権の復活」の解説
詳細は「カロリング朝」、「カール大帝」、「フランク・ローマ皇帝」、および「オットー1世 (神聖ローマ皇帝)」を参照 800年のカール大帝の戴冠により、フランク人の王権がカトリック教会と結びついた皇帝が出現した(フランク・ローマ皇帝)。しかしこの皇帝権は帝国(フランク王国)の分裂とともに実質的にはイタリア王権にまで縮小し、10世紀初頭には早くも消滅した。962年に東フランク(現在のドイツ)の王オットー1世がイタリア王を兼ねた上でローマ皇帝に戴冠し、東フランク(現在のドイツ)・イタリアに支配権を及ぼす皇帝権が復活した。皇帝は後にブルグント王をも兼ねた。この皇帝権はフランス王権に対して支配を及ぼすことはできなかったが、優位を保つことはできた。
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