インド-中国間貿易でのインディアマン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/11 07:26 UTC 版)
「インディアマン」の記事における「インド-中国間貿易でのインディアマン」の解説
歴史学者のフェルナン・ブローデルによると、18世紀や19世紀初頭、最良もしくは最大のインディアマンのいくらかはインドで建造されたものだった。これらの船はインドの造船技術を用いて作られ、インド人船員が乗組んでおり、特に船体に使われたインド産のチーク材は付近の海域に適していた。そして中国への航海に使われることが多かった。蒸気船が就航するまで、イギリスの東洋での輸送はこれらのインド製船によって担われていた。ヨーロッパまで航海した船は無く、イギリス本国の港からも締め出されていたが、何百隻ものインド製インディアマンが軍艦等も含む他の船とともにイギリスのために建造された。その中でも1,000トン(bm)、乗員150名のスーラト・キャッスル(Surat Castle、1791年)や、800トン(bm)で乗組員125名のロウジャ・ファミリー(Lowjee Family)、1,300トン(bm)のシャピンダー(Shampinder、1802年)などが有名だった。
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