イエス・キリストの聖心に対する傾倒
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/11 14:39 UTC 版)
「ハッケボルンのメヒティルト」の記事における「イエス・キリストの聖心に対する傾倒」の解説
メヒティルトとヘルフタのゲルトルードは、イエス・キリストの心臓(聖心)が彼女たちの観る多くの幻視の主題となった後は、イエス・キリストの心臓(聖心)に対する熱心な帰依者、奨励者となった。 神の心臓の鼓動を聴くという考え方は、聖心への祈りを促進する中世の聖人たちにとって、大変重要であった。メヒティルトやヘルフタのゲルトルードのような女性たちは、イエスの心臓を母の胸のように愛した。母が自分の子供に滋養を与えるために母乳を与えるのと同じように、イエスは聖体拝領において自分の命の血を与えると考えた。 メヒティルトによって語られる幻視の一つによると、イエス・キリストがメヒティルトの前に現われて、情熱的に彼を愛し、そして出来る限り、聖体の中にある彼の聖心を賛美するようにと言いつけた。イエス・キリストはメヒティルトに自分の聖心を与えた。それは、 自分の愛の誓約として、彼女の人生の避難所として、彼女が死を迎える時の慰めとしての意味合いを持つ。この時からメヒティルトは、並外れた情愛を聖心に持つようになった。そしてメヒティルトはこの聖心から大きな恩寵を受けたので、もし自分が、この聖心へ傾倒したことで受けた全ての好意と全ての天恵を、書き下ろさなければならないとしたならば、それは大きな本ですら収録しきることができない、とよく言うようになった。 また、別の幻視によると、その中でイエス・キリスト自身がメヒティルトに福音を勧めている。彼は自分のいとも甘美な聖心の傷を彼女に開いてこう言った。 「私の愛がいかに大きいかを考えなさい。そのことをよく知りたいのなら、福音の中以上にそれをはっきり表現するものを見い出すものを見つけられないだろう。『父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた』(ヨハネ15・9)」 メヒティルトによるこれらの幻視は、後に『特別な恩寵の書』(Liber Specialis Gratiae)に書かれた。
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