アビンドン伯爵とは? わかりやすく解説

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アビンドン伯爵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/13 09:46 UTC 版)

アビンドン伯爵
Earl of Abingdon
リンジー伯爵
Earl of Lindsey

紋章記述

Arms:Argent three Battering Rams fesswise in pale proper beaded armed and garnished Azure.Crest:A Saracen's Head affrontée couped at the shoulders proper ducally crowned Or and charged on the chest with a Fret Azure.Supporters:Dexter: a Friar habited in russet-grey with a Crutch and Rosary all proper and charged on the breast with a Fret Azure; Sinister: a Savage proper wreathed about the temples and waist with Oak Leaves Vert and likewise charged on the breast with a Fret Azure
創設時期 1682年11月30日
創設者 チャールズ2世
貴族 イングランド貴族
初代 初代伯ジェイムズ・バーティ英語版
現所有者 9代伯リチャード・バーティ英語版
推定相続人 ノリス男爵ヘンリー・バーティ
付随称号 ノリス男爵
現況 存続
邸宅 ギルミンズクロフトハウス
旧邸宅 ワイタム・アビー(Wytham Abbey)
スパニッシュプレイスマンション(Spanish Place Mansion)
モットー 忠誠がわれを縛る
(Loyalteé me oblige)
1938年よりリンジー伯爵を兼ねる

アビンドン伯爵: Earl of Abingdon)は、イギリスの伯爵貴族イングランド貴族爵位。リンジー伯爵家の分流の第5代ノリス男爵ジェイムズ・バーティー英語版が1682年に叙されたことに始まる。1938年以降は主家のリンジー伯爵位を継ぎ、以降は継承者を同じくする[注釈 1][1][2]

歴史

アビンドン伯爵位叙爵を認める勅許状。(ヴィクトリア&アルバート博物館収蔵)

伯爵家の祖ジェイムズ・バーティー英語版(1653-1699) は、リンジー伯爵家当主の後妻の長子として生まれた[注釈 2][2]。彼は1675年貴族院より議会招集を受けて、母方由来の爵位「ノリス男爵 (Baron Norreys/Norris of Rycote) 」として貴族院議員となった[3]。 彼はオックスフォードシャー統監英語版在職中の1682年イングランド貴族としてアビンドン伯爵に陛爵した[2][3]。初代伯ののちは長男のモンタギューが爵位を継承した。

2代伯モンタギュー (1673-1743) は、アン女王の治世下で父同様にオックスフォードシャー統監に就任したほか、ロンドン塔代英語版タワーハムレット統監英語版を歴任した[4]。 また、彼は勅許を得てその姓に「ヴェナブルズ (Venables) 」を加えている[2][5]。 彼が1743年に亡くなると、爵位は甥のウィラビーが継承して、現在に至るまで3代伯ウィラビーの男系子孫によって伯爵位は継承されている[2]

そのひ孫にあたる6代伯モンタギュー (1808-1884) は襲爵前にオックスフォード及びアビンドン選挙区選出の庶民院議員を務めた[2]。彼の代にドーチェスターの邸宅を手放したという[6]

8代伯モンタギュー (1887-1963) は、1951年に本家筋にあたる第12代リンジー伯爵モンタギュー・バーティー英語版の死去によってリンジー伯爵を相続していたことが確認されたため、以降の伯爵家当主はリンジー伯爵を兼ねることとなった[2][7]

その後を継いだ9代伯リチャード (1931-) がアビンドン伯爵及びリンジー伯爵家現当主である。

一族の邸宅は、イーストエアシャー州マホリン近郊のギルミンズクロフト・ハウス (Gilmilnscroft House)[2]

かつての邸宅には、オックスフォード州ワイタムに位置したワイタム・アビー英語版(Wytham Abbey)タウンハウスたるスパニッシュプレイスマンション (Spanish Place Mansion) のほか、同州ドーチェスターにも邸宅を有していた[3][6]

現当主の保有爵位

現当主である第9代アビンドン伯爵リチャード・ヘンリー・ルパート・バーティ英語版は、以下の爵位を有する[注釈 3][7]

当主一覧

かつての伯爵家の邸宅であるワイタムアビー。
  • 初代アビンドン伯爵(第5代ノリス男爵)ジェイムズ・バーティー英語版(1653–1699)
  • 第2代アビンドン伯爵モンタギュー・ヴェナブルズ=バーティー (1673–1743)
  • 第3代アビンドン伯爵ウィラビー・バーティー (1692-1760)
  • 第4代アビンドン伯爵ウィロビー・バーティー英語版 (1740–1799)
  • 第5代アビンドン伯爵モンタギュー・バーティー英語版(1784–1854)
  • 第6代アビンドン伯爵モンタギュー・バーティー英語版(1808–1884)
  • 第7代アビンドン伯爵モンタギュー・アーサー・バーティー英語版 (1836–1928)
  • 第8代アビンドン伯爵(第13代リンジー伯爵)モンタギュー・ヘンリー・エドマンド・タウンリー=バーティー英語版(1887–1963)(1938年にリンジー伯爵継承
  • 第9代アビンドン伯爵(第14代リンジー伯爵)リチャード・ヘンリー・ルパート・バーティー英語版 (1931‐ )

爵位の法定推定相続人は、現当主の息子であるノリス男爵(儀礼称号)ヘンリー・マーク・ウィロビー・バーティー(1958-)。

以前のノリス男爵家当主は、ノリス男爵を参照のこと。

脚注

注釈

  1. ^ 1938年はあくまで法令上の解釈であって、実際に継承したことが認められたのは1951年(デ・ファクト)。
  2. ^ 初代アビンドン伯爵ジェイムズは、リンジー伯爵家当主第2代リンジー伯爵モンタギュー・バーティー英語版と後妻である第4代ノリス女男爵ブリジット・レイとの間に生まれた長男である。したがって、父の前妻の子である第3代リンジー伯爵ロバート・バーティー英語版は初代伯の異母兄にあたる。
    そのため、初代伯はリンジー伯爵を継ぐことはできなかったが、母ブリジットからノリス男爵を継承することができた。
  3. ^ 叙爵順からいえば、本来はリンジー伯爵位を上位に記載すべきであるが、本記事はアビンドン伯爵の記事であるため、同爵位を優先表記した。

出典

  1. ^ Norris, Baron (E, 1572)”. www.cracroftspeerage.co.uk. 2022年12月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月13日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h Abingdon, Earl of (E, 1682)”. www.cracroftspeerage.co.uk. 2020年4月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月14日閲覧。
  3. ^ a b c Debrett's peerage, and titles of courtesy, in which is included full information respecting the collateral branches of Peers, Privy Councillors, Lords of Session, etc. Wellesley College Library. London, Dean. (1921). https://archive.org/details/debrettspeeraget00unse 
  4. ^ Watson, Paula; Gauci, Perry (2002). “VENABLES-BERTIE (formerly BERTIE), Montagu, Lord Norreys (1673-1743), of Rycote, Oxon.”. In Hayton, David; Cruickshanks, Eveline; Handley, Stuart (eds.). The House of Commons 1690-1715 (英語). The History of Parliament Trust. 2019年7月29日閲覧.
  5. ^ Naylor, Leonard; Jaggar, Geoffrey (1983). “VENABLES-BERTIE (formerly BERTIE), Montagu, Lord Norreys of Rycote (1673-1743).”. In Henning, B. D. (ed.). The House of Commons 1660-1690 (英語). The History of Parliament Trust.
  6. ^ a b Lobel, Mary D, ed (1962). “Parishes: Dorchester”. A History of the County of Oxford. Volume 7, Dorchester and Thame Hundreds. London: Victoria County History. pp. 39–64. http://www.british-history.ac.uk/vch/oxon/vol7/pp39-64 
  7. ^ a b Lindsey, Earl of (E, 1626)”. www.cracroftspeerage.co.uk. 2020年1月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月14日閲覧。

関連項目


アビンドン伯爵(1682年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/04 07:00 UTC 版)

「アビンドン伯爵」の記事における「アビンドン伯爵(1682年)」の解説

初代アビンドン伯爵(第5代ノリス男爵)ジェイムズ・バーティ(1653–1699) 第2代アビンドン伯爵モンタギュー・ヴェナブルズ=バーティ (1673–1743) 第3代アビンドン伯爵ウィラビー・バーティ (1692-1760) 第4代アビンドン伯爵ウィロビー・バーティー(英語版) (1740–1799) 第5代アビンドン伯爵モンタギュー・バーティ(英語版)(1784–1854) 第6代アビンドン伯爵モンタギュー・バーティ(英語版)(1808–1884) 第7代アビンドン伯爵モンタギュー・アーサー・バーティ(英語版) (1836–1928) 第8代アビンドン伯爵(第13代リンジー伯爵)モンタギュー・ヘンリー・エドマンド・タウンリー=バーティ英語版)(1887–1963)(1938年リンジー伯爵継承第9代アビンドン伯爵(第14代リンジー伯爵)リチャード・ヘンリー・ルパート・バーティ(英語版) (1931‐ ) 法定推定相続人は、現当主の息子であるノリス男爵(儀礼称号)ヘンリー・マーク・ウィロビー・バーティ(1958-)。 以前ノリス男爵当主は、ノリス男爵参照のこと。

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アビ・ルーパアビ・ルーパ聖刻番号9865341類別狩猟機所属ダマスタ軍生産工呪会面齢8歳機齢8歳全高1.95リート全備重量6.85グロー搭乗者クリシュナ・ラプトゥ武装聖剣アル・ス・レーテクリシュナ・ラプトウの愛機。クリシュナがダマスタ国の騎士に昇格した際に祖父から贈られた操兵。西方工呪会の最新鋭機で、全身の装甲がアビレイルという特殊金属による鏡面装甲で覆われているため白銀に輝いている。アビレイルには練法や高熱を遮断する効果があり、西方では製造することの出来ない呪操兵との戦いを意識した機体である。実際のところ工呪会が最新鋭機をクリシュナに勧めた目的の一つは、対呪操兵のデータを取るためであった。完全密閉の操手漕に空調も備えており、短時間なら水中行動も可能という多機能ぶり。また細身の機体ではあるが、筋肉筒はかなり強力なものを装備されており、身軽さが身上の穏行機を超える跳躍力を見せる。機密だらけの実験機なうえに東方操兵主体の中原の操兵鍛冶には完全な整備が不可能なため、整備は神出鬼没の工呪会交渉人ダハールとその部下が行っており、整備のたびに戦闘データに基づいた改良も行われている。ラグン・ファーケンラグン・ファーケン類別狩猟機所属シン軍 / 西方諸国生産工呪会面齢4歳機齢4歳全高2.41リート全備重量8.22グロー武装槍 大型の盾 剣西方工呪会の狩猟機。全高2リートを超える≪重操兵≫と呼ばれる大型機。身長ほどもある大型の盾と長槍を装備し隊列を組んで敵に当たる集団戦に特化した操兵中原では東方南部域連合 ≪ラ・カシス≫ の侵攻に対抗する為に工呪会からシン軍に大量に供与された。シンの機体は猛暑の中原仕様として背中に2枚の放熱板を持ち、民族色豊かなペイントや装飾が施されている。グラン・プルージュ

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