ひろせたんそうとは? わかりやすく解説

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ひろせ‐たんそう〔‐タンサウ〕【広瀬淡窓】

読み方:ひろせたんそう

[1782〜1856江戸後期儒学者豊後(ぶんご)の人。名は建。字(あざな)は子基。別号、青渓など。咸宜園(かんぎえん)を開き子弟教育大村益次郎高野長英はその弟子。著「遠思楼詩鈔」「約言」など。


ひろせたんそう 【広瀬淡窓】

江戸後期儒学者漢詩人豊後日田富商長男通称は求馬。別号は苓陽・青溪・遠思楼主人亀井南冥らに学び病弱のため家業を弟に譲って私塾成章舎を創り、これが江戸時代最大私塾咸宜園発展能力等級試験昇級など工夫をこらし、多く英才育てた。著『約言』『淡窓詩話』他。(一七八二~一八五六)。弟旭荘も学者詩人咸宜園をよく守り佐久間象山らと親交した。

広瀬淡窓

読み方:ひろせ たんそう

江戸後期儒者豊後生。名は建、字は子基、通称は求馬、別号に苓陽・青渓・遠思楼主人等。塾舎咸宜園門生に、高野長英大村益次郎長三洲等がいる。のち弟旭荘に咸宜園委ねる安政3年1856)歿、75才。


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