その他建造物とは? わかりやすく解説

その他建造物

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/01/13 18:05 UTC 版)

レッチェ」の記事における「その他建造物」の解説

ローマ時代円形闘技場(Anfiteatro Romano) - 2世紀建てられ、サントロンツォ広場近くにある。25,000人以上が収容できる。数世紀わたって闘技場上部建物建てられてしまったため、現在闘技場半分地中埋まっている。 聖オロンツォ像を掲げ円柱La Colonna di Sant'Oronzo) - レッチェ守護聖人である聖オロンツォ像を掲げ円柱は、ブリンディジからレッチェ贈られた(ブリンディジ起きたペスト大流行の際、聖オロンツォの御利益により収まったことから)。円柱は元々一対で、約二千年前ローマ南イタリアをつなぐアッピア街道終着点を示すものとしてブリンディジ立てられた。 セディーレ - 1592年建てられ1852年まで地元議会議場であったカルロ5世城(Castello di Carlo V) - ジャコモ・デッラカジャが1539年から1549年にかけ建設角張った要塞のある台形平面図となっている。ポリテアマ・グレコ劇場接続され1884年11月15日開場された。 凱旋門Arco di Trionfo) - 普通はポルタ・ナポリ(Porta Napoliナポリの門)と呼ばれる1548年に、古いサン・ジュスト門と建て替えたカール5世を讃えている。言い伝えによると、そこには尊い聖人の墓があったという。中世の門は現在サン・ビアジョ門、ルディアエ門がある。どちらもバロック様式で、ルディアエ門の頂上には聖オロンツォの像と、その両側聖ドミニコと聖イレーネの像がある。 チェレスティーニ宮殿Palazzo dei Celestini) - ジュゼッペ・ジンバロの設計。現在レッチェ県庁舎となっている オベリスク(Obelisco) - 1822年両シチリア王フェルディナンド1世を讃えて建てられた。 オルト・ボタニコOrto Botanico di Lecce) - 植物園

※この「その他建造物」の解説は、「レッチェ」の解説の一部です。
「その他建造物」を含む「レッチェ」の記事については、「レッチェ」の概要を参照ください。

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