「マザリンの宝石」の正典性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/19 06:43 UTC 版)
「マザリンの宝石」の記事における「「マザリンの宝石」の正典性」の解説
この作品の正典性、すなわち、シャーロキアンたちにとっても実際に起こった事件と解釈するには難しいらしく、現実にはありえない創作と判断を下している研究者も少なくない。ベーカー街221Bの部屋の構造が他の作品と大きく異なっていたり、ホームズが蝋人形と入れ替わるときに気づかれないという偶然に頼ったりする部分が、非現実的というのである。 シャーロック・ホームズシリーズの60の長短編のうち、この「マザリンの宝石」と「最後の挨拶」だけが三人称による視点で描かれている。シャーロキアンたちはこの作品が実際には誰の手によるものかいろいろな説を出しているが、「ソア橋」には、ワトスンが「私が現場にいないか、事件にあまり関わっていないため、三人称の形でしか語れない事件もある」という記述(「ソア橋」本編部分のことではない)が冒頭部にあり、やはりワトスンの手によるものというのが1つの説である。その他特記すべき説では、エドガー・W・スミスが示した見解として、本作をコナン・ドイル自身の手による偽作(シャーロキアンの研究において、ドイルの立場はワトスンの出版エージェントとされている)とするものがある。この説はネイサン・L・ベンジスの補強があり、ベンジスはこの中でジョン・ロバート・ムア教授の見解として、ドイルの「うるし塗りの箱」と本作を比較し、ドイルが自分の以前の作品の二番煎じをやっている例として示していることを指摘している。
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