“赤坂”に辿り着く
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/27 00:26 UTC 版)
「朝霞自衛官殺害事件」の記事における「“赤坂”に辿り着く」の解説
“赤坂”を取材したのはK記者であることがわかった。K記者の近辺を捜査したところ、左翼勢力が国際反戦デーと設定した10月21日に、K記者が“赤坂”と会い、過激派の闘争について解説させ、記事にすることがわかった。捜査員が取材場所の集英社近辺の喫茶店で張り込み、K記者と“赤坂”が喫茶店から出てくるところを写真に撮り、“赤坂”の顔写真を押さえた。その後“赤坂”はタクシーに乗り込み、捜査員も追ったものの見失ってしまった。 タクシーのナンバーから運転手を割り出し、“赤坂”が下車した場所が甲州街道の旧道、京王線千歳烏山駅付近であることがわかった。捜査本部は喫茶店で撮った写真を手掛かりに捜査員60人態勢で聞き込み捜査を行った。聞き込み2日目、捜査員が手掛かり無く千歳烏山駅前広場に集合して帰ろうとした時、捜査員の一人が駅から出て来る“赤坂”を目撃した。すぐさま尾行すると、“赤坂”は世田谷区南烏山四丁目のアパートに入っていった。その男は、日本大学文理学部2年生、菊井良治であると特定された。間も無く『戦斗宣言!!』「緊急通達」の筆跡が菊井の字と一致した。 捜査本部は菊井の自宅近くのアパートを借り上げ、張り込み捜査を開始した。すると、菊井主宰の大学公認サークル「現代哲学芸術思潮研究会」(哲芸研)のメンバー、S、A、Mが浮かび上がり、四人に事件当日のアリバイが無い事がわかった。
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