歴史教科書問題 韓国の歴史教科書問題

歴史教科書問題

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/02 01:32 UTC 版)

韓国の歴史教科書問題

韓国は、日本の教科書の記述が自国の歴史認識と異なるとして、日本に対して抗議をおこなうことが多い[35]。一方、北朝鮮が教科書に「1950年、南朝鮮が米帝と手を組んで北朝鮮を軍事的に侵攻した」、中国が「中国人民解放軍は朝鮮半島を解放させるため、参戦した」との記述をしていても、沈黙している[35]。韓国では歴史学、教育学界で革新派(韓国左派)が優勢なために検定教科書を支持し、保守派は2002年に検定教科書制度導入後に教育現場で使われている歴史教科書が「反米的で北朝鮮に甘い」と批判して国定教科書の導入を推進してきた。韓国の教育現場で使われる検定教科書の多くは主に朴正煕による韓国の開発独裁時代を北朝鮮より批判した内容で、日本の統治時代が韓国(朝鮮半島)の近代化に寄与した面があったことを載せず、金一族の独裁世襲批判と「韓国が朝鮮半島で唯一の合法政府」などの北朝鮮批判記述が削除されている。このように日本の教科書批判を行うが、韓国も保守派と革新派の対立から教科書問題を抱えている[36][37][38]

再国定化および革新派と保守派の対立

軍事独裁政権下の1974年朴正煕が導入した国定の歴史教科書が長く使われてきたが、歴史学会や国民から批判を受けて、リベラル派(革新系)の盧武鉉政権が2007年に国定制度の廃止を決定。その後は検定制度が導入されて、複数の民間企業が教科書を作成し、学校側が自主的にそれを選ぶという仕組みに変わった。

しかし実際に出来た検定教科書が革新派系に偏ったため、保守派の李明博が政権につくと、再び国定教科書復活へ向けた揺り戻しが始まり、同じく保守派の朴槿恵政権がこの動きを本格化し、教育部が国定化を議論する討論会を開いた。ところが、これには韓国の歴史学会(革新系)が「政権ごとに異なる『国論』に立脚して国定教科書を作るということは、時代錯誤的発想でしかない。むしろ『国論分裂の種』を撒くことになる」と猛反発し[39]、朴正煕時代をはじめとする過去の独裁政権時代や日帝時代が美化されるという懸念を訴え、歴史を教える教師の97%が国定化に反対するとした調査結果も公表された。一方で保守系の団体は、民主化運動や反政府デモなど革新派運動を取り上げる量が多すぎると批判した[40]

革新派と保守派はそれぞれが双方の歴史観に対して非難で応酬していたが、「正しい歴史」と称する韓国高校歴史教科書をめぐる左右両派による激しい「歴史戦争」は革新派の勝利に終わった。2014年3月からの新学期を前に、保守派の執筆した教学社の『韓国史』は検定を通過したが、その教科書は学校側で(1校を除いて)採択されなかったからである。当初は、約20校が一旦は教学社の教科書採択を決めたが、革新系の教員労組「全教組」や野党、市民団体、同窓生、父母などが抗議に押しかけ、脅迫電話が鳴り続けるなどしたために、後にすべての学校が採択を取り消してしまった[41]

ニューズウィーク誌は、軍事独裁者朴正煕の娘である朴槿恵は、国定教科書によって父の時代を美化したいのかもしれないと指摘しながら、「韓国の歴代政権は、日本が歴史教科書で過去を歪曲しているとして非難を繰り返してきた。その韓国で教科書が再び国定化されれば、歴史問題で日本を批判してきた韓国政府は自己矛盾に陥りかねない。再国定化すれば、政権は自国の歴史を自分たちの都合のいいように『修正』する誘惑に駆られるからだ。」[40]と書いて、無理強いすれば、父の独裁政権への再批判という火の粉が自分に降り掛かることになると指摘した。

2015年10月12日、政府は韓国史の教科書を再び国定化することを発表した。新しい国定教科書は2017年入学生から使用される予定であった。しかし、実際に採用した学校はほとんどなく、さらに政権交代によって革新派の文在寅が大統領に就任すると、選挙中の公約であった国定教科書廃止、検定制度の復活を指示したため、国定教科書が日の目を見ることはなかった。

中国と韓国の争点

1980年ごろから中国の歴史学会では、古代の朝鮮半島東北部地域が、中国人が建国した箕子朝鮮衛氏朝鮮の故地であり、漢四郡が置かれた地域であることから、卒本川(現在の中国遼寧省)に建国された高句麗も中国の地方政権であったと提唱がされ、中国社会科学院を中心とした「東北辺疆歴史与現状系列研究工程」を経て、2004年7月20日に人民日報が「高句麗は時代に中国東北にあった少数民族の政権であった」と報じた。これに対して、韓国は檀君神話による建国ナショナリズムの発揚をもって対抗し、韓国の歴史教科書「国史」の2004年度版には「高句麗は満州と韓半島にかけて広い領土を占め、政治制度が完備した大帝国を形成し、中国と対等の地位で力を争った。」と記された[42]


注釈

  1. ^ 後年、明成社で、改訂版というべき教科書『最新日本史』が刊行されている。
  2. ^ 翌年に『新編 国民日本史』(原書房、1987年10月)で一般向けに単行本刊行された。

出典

  1. ^ 川島真「最初の歴史教科書問題」(日本経済新聞、2009年10月26日)
  2. ^ 山村明義 2014, p. 94-96.
  3. ^ 清水美和「中国はなぜ反日になったか」文春新書,113-117頁。毛里和子「日中関係」岩波新書,2006年,122頁
  4. ^ 日韓文化交流基金 「教科書編纂制度の変遷/教科書問題の史的変遷」
  5. ^ 高崎宗司『反日感情』講談社現代新書、p56-p60
  6. ^ 「歴史教科書」に関する宮沢内閣官房長官談話1982年〔昭和57年〕8月26日、日本国外務省)
  7. ^ 中央大学論集第30号抜刷 「宮津談話に関する 一史料」
  8. ^ 清水美和「中国はなぜ反日になったか」文春新書,114頁
  9. ^ 高崎宗司『反日感情』講談社現代新書、p60
  10. ^ 「自虐史観記述の源流「近隣諸国条項」撤廃も」, 産経ニュース, 2013年4月11日.
  11. ^ 高崎宗司『反日感情』講談社現代新書、p64
  12. ^ 産経新聞 2017.4.30 08:00 教科書検定「侵略→進出」は大誤報だった 「虚に吠えた中韓」暴いた渡部昇一さん[1]
  13. ^ 読売新聞大阪社会部『新聞記者が語りつぐ戦争6 中国侵略』1995年(角川文庫) ISBN4041561140 p52
  14. ^ “高校教科書 厳しい検定”. 読売新聞 朝刊. (1982年6月26日) 
  15. ^ 当事者として記録『新編日本史のすべて 新しい日本史教科書の創造へ』を刊行。原書房、1987年6月
  16. ^ 高崎宗司『反日感情 韓国・朝鮮人と日本人』講談社現代新書, 1993年。p65
  17. ^ 清水美和『中国はなぜ反日になったか』文春新書, 2003年。126頁。毛里和子『日中関係 戦後から新時代へ』岩波新書, 2006年。122頁
  18. ^ 高崎宗司『反日感情』, p65
  19. ^ a b 『神社新報』昭和61年7月14日1面
  20. ^ 『神社新報』昭和62年8月15日1面
  21. ^ 1993年3月18日 読売新聞朝刊[2]
  22. ^ 「自虐史観記述の源流「近隣諸国条項」撤廃も」産経新聞2013年4月11日
  23. ^ 荒井信一、井出孫六、井上ひさし、入江昭、鵜飼哲、大石芳野、金子勝、佐藤学、東海林勤、小森陽一、隅谷三喜男、高橋哲哉、三木睦子、溝口雄三
  24. ^ 坂本義和『人間と国家(下) -ある政治学徒の回想-』岩波書店 岩波新書1317 2011年 208ページ、ISBN 9784004313175.
  25. ^ 別所良美「歴史認識とアイデンティティ形成」『名古屋市立大学人文社会学部研究紀要』第11巻、名古屋市立大学人文社会学部、2001年11月、21-43頁、CRID 1050564287497957888ISSN 13429310NAID 120006682685 
  26. ^ 「新しい歴史教科書」第270頁―日中戦争
  27. ^ 財団法人日韓文化交流基金、第1回日韓歴史共同研究報告書
  28. ^ 財団法人日韓文化交流基金、第2回日韓歴史共同研究報告書
  29. ^ 松田麻美子 (2017年3月17日). “中国の教科書に描かれた日本: 教育の「革命史観」から「文明史観」への転換”. 国際書院. オリジナルの2020年2月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200218212350/http://www.kokusai-shoin.co.jp/280.html 
  30. ^ 高等学校日本史教科書に関する訂正申請について(沖縄戦関係)
  31. ^ 強制でなく関与として可決-沖縄県議会意見書
  32. ^ 教科書制度の改善について2002年〔平成14年〕8月30日、日本国文部科学省)
  33. ^ 「植民地支配で韓国は近代化」歴史教科書合格で騒動=韓国 Searchina 2013/09/03
  34. ^ 教科書に残る「従軍慰安婦」、引用で通過、検定に限界 | 一般社団法人 全国教育問題協議会
  35. ^ a b <W寄稿>他国の教科書が気に入らないという理由で騒ぎを起こす不思議な国、韓国”. WoW!Korea. 2022年9月29日閲覧。
  36. ^ 韓国教科書、北朝鮮刺激の表現消える? 保守系から反発:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル. 2022年4月3日閲覧。
  37. ^ 日本経済新聞 印刷画面”. www.nikkei.com. 2022年4月3日閲覧。
  38. ^ 「韓国の歴史教育は死んだ」国定教科書めぐり高校生がデモ”. ハフポスト (2015年10月17日). 2022年4月3日閲覧。
  39. ^ “韓国:7つの歴史学会が「国定教科書中断」で共同声明”. レイバーネット. (2014年8月24日). http://www.labornetjp.org/worldnews/korea/knews/00_2014/1409489971168Staff 2014年12月23日閲覧。 
  40. ^ a b 前川祐補 (2014年9月16日). “教科書の国定化で朴槿恵が陥る深刻なジレンマ”. Newsweek. http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2014/09/post-3390.php 2014年12月23日閲覧。 
  41. ^ “日本統治時代を評価した韓国の歴史教科書に韓国革新派猛烈妨害”. SAPIO2014年3月号. (2014年2月15日). http://snn.getnews.jp/archives/255438 2014年12月23日閲覧。 
  42. ^ 朝鮮半島の領土論争 - 学術刊行物”. 日本大学法学部. 2020年11月2日閲覧。
  43. ^ 近藤 1993, p. 14.
  44. ^ Meyer, Enno, Die deutsch-polnischen Schulbuchgespräche von 1937/38, in: Internationale Schulbuchforschung, 10.Jg. (1988), H.4, S.404.
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  56. ^ Geiss, Le Quintrec 2008.
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  62. ^ MSN-Mainichi INTERACTIVE ソウル発!! 人&風(サラム&パラム)”. web.archive.org (2006年12月9日). 2022年4月3日閲覧。
  63. ^ MSN-Mainichi INTERACTIVE ソウル発!! 人&風(サラム&パラム)”. web.archive.org (2005年12月23日). 2022年4月3日閲覧。





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