国鉄DE50形ディーゼル機関車 運用

国鉄DE50形ディーゼル機関車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/29 13:21 UTC 版)

運用

旧津山機関区の扇形庫で保管中のDE50 1

1両だけ製造された試作車番号が「901」ではなく「1」と付番されたことでも判るとおり、これは量産にあたっての問題点の洗い出しが目的の量産先行試作車であり、DD51形と同様、試験結果が良好であればそのまま量産に移行する予定であった[注 8]

この1号機は新造直後の1970年7月21日に稲沢第一機関区へ配属されて[2]、1970年8月~9月に性能試験[4]、また1971年2月に冬季性能試験を長野工場で実施[5]した。あわせて貨物列車の牽引にも試用された。

1971年(昭和46年)11月20日に岡山機関区[2]へ転属の措置が取られ、以後は設計段階での導入想定線区の一つであった伯備線で試用された。

本形式は意欲的な設計であったが、落成後に起きたオイルショックによる投入予定各線区の急速な電化計画の進展で幹線用大型ディーゼル機関車の需要が減少したことと、先行形式であるDD51形で問題となっていたエンジン保守面の不具合やコストが1968年度にDML81Zの基本となったDML61ZBエンジン(連続定格出力1,350 PS / 1,500 rpm)の開発で大幅に改善[注 9]される目処が立ったこと、それに収支悪化などを背景として国鉄本社が保守コスト増大の原因となる機関車の形式数を減らす方針に転換したことなどから、以後の幹線・亜幹線用ディーゼル機関車の増備は性能の安定したDD51形に一本化されることとなり、本形式やその発展型各形式の開発・量産計画は全て中止された[注 10]

唯一製造された1号機は、量産計画の中止後もしばらく、ハイドロダイナミックブレーキの効果が期待できる伯備線でDD51形と共通の本線運用が続けられていたが、運用中に故障が発生して走行不能となったことをきっかけとして休車とされた。その後は廃車されずに岡山機関区構内で長期にわたり留置され続けた。

10年以上に渡る長い休車の末、国鉄分割民営化直前の1986年(昭和61年)5月26日付で廃車となった[2]が、分割民営化で岡山機関区が日本貨物鉄道(JR貨物)の所有に帰したため、西日本旅客鉄道(JR西日本)に継承された同機は、岡山駅東側の岡山気動車区に移動され、以後、10年以上に渡ってそこで保管されていた[注 11]

2011年(平成23年)からは津山線津山駅に隣接する岡山気動車区津山気動車センター敷地内にある、旧津山機関区・扇形機関車庫に移設され、2016年からは同車庫を中心に開館した、津山まなびの鉄道館にて一般公開されている[8][9]


注釈

  1. ^ DMP86Z。連続定格出力1,820 PS / 1,500 rpm。
  2. ^ 製番は水戸工場製としての「111501-1」を与えられている。
  3. ^ そのためのスペースも車体内部に用意されていない。なお、仮称「DF51形」として本形式をAAA-AAAの6動軸構成として2位側ボンネットを延長し、SG搭載スペースを確保した旅客列車牽引用バリエーションモデルも検討の俎上にあった。
  4. ^ もっとも当時、新製される客車は大部分が20系12系であり、昭和46年には14系が登場するため機関車からの暖房供給はそれほど重要でもなくなっており、仮に本機が量産されていたとしてもその初期を除けば旅客運用にもほとんど問題は出ない状況となりつつあった。
  5. ^ DE10形用。V型12気筒、定格出力1,350 PS。
  6. ^ 液体変速機内の油の流体抵抗を利用し、入力側の動翼の回転エネルギーを固定羽根車との回転抵抗によって熱エネルギーに変換するブレーキシステム。
  7. ^ この台車の設計は後にDE10形にフィードバックされ、同形式用としてDT140形の揺れ枕より上を変更したDT141形が設計された。
  8. ^ 新採用のハイドロダイナミックブレーキ以外は、すべて実績のある従来技術の発展であり、未知の要素は少なかった。
  9. ^ DML61ZBは性能の向上と保守面の改善が著しく、1969年度製作のDE10形より搭載を開始。1969年の時点では既存のDD51形・DE10形に搭載のDML61Z・DML61ZAをこれに全面移行することが計画されていたが、実際にはDE10形・DE11形・DE15形の3形式の新規製作グループへ搭載されたにとどまった[6][7]
  10. ^ もっとも、本形式のために開発されたDT140台車の設計などは上述のとおりDE10形増備車の改良に反映されており、その技術開発すべてが無に帰したわけではない。
  11. ^ 2000年平成12年)4月1日にボランティアによる塗装塗り替えが行われている。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j 石川正三、白井信明、麻場貞夫「日本国有鉄道納 DE50形液体式ディーゼル機関車」『日立評論』 53巻、5号、日立製作所、1971年、37-41頁https://www.hitachihyoron.com/jp/pdf/1971/05/1971_05_08.pdf 
  2. ^ a b c d 沖田祐作「機関車表 フル・コンプリート版」、2014年、ネコ・パブリッシング
  3. ^ 酒井佐之「ハイドロダイナミックブレーキ」『JREA』 14巻、6号、1971年6月、23-25頁。doi:10.11501/3255909https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3255909/18 
  4. ^ 植竹良雄「2000PSディーゼル機関車(DE501)の性能試験」『鉄道技術研究資料』 28巻、10号、研友社、1971年10月1日、30頁。doi:10.11501/2297407https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2297407/17 
  5. ^ 内堀豊治,市川秀夫「DE50形ディーゼル機関車の冬季性能」『鉄道技術研究資料』 28巻、10号、研友社、1971年10月1日、31-32頁。doi:10.11501/2297407https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2297407/17 
  6. ^ 寺山巌「最近のディーゼル機関車」、『世界の鉄道'70』、朝日新聞社、1969年、p.160
  7. ^ 寺山厳「DE50形ディーゼル機関車」『鉄道工場』 21巻、4号、1970年4月、13-15頁。doi:10.11501/2360210https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2360210/8 
  8. ^ 平成28年4月2日 「津山まなびの鉄道館」がオープンします!』(プレスリリース)西日本旅客鉄道、2016年2月22日。 オリジナルの2016年2月25日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20160225060330/http://www.westjr.co.jp/press/article/2016/02/page_8326.html2016年3月1日閲覧 
  9. ^ 「津山まなびの鉄道館」オープン”. railf.jp(鉄道ニュース). 交友社 (2016年4月3日). 2024年1月29日閲覧。


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