北九州監禁殺人事件 民事訴訟

北九州監禁殺人事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/12 13:07 UTC 版)

民事訴訟

福岡県警察は、2002年にE殺害事件が発覚した際に「Aは遅くとも中学校に入学した1997年4月以降は、周囲に相談したり通報したりすることができた」が1999年4月で申請期限が過ぎたとして犯罪被害者給付金は支給できないと判断して、Aや親族に給付金制度の存在を知らせていなかった。2006年2月に犯罪被害者給付金制度の存在を知ったAは福岡県公安委員会に対し、父E殺害事件について犯罪被害者等給付金支給法に基づき給付金を申請した。福岡県公安委員会は、申請時点でEが殺害されてから10年が経過しているとして、2007年3月に申請を却下し不支給と裁定。不支給裁定に対し、Aは「申請に必要な死亡診断書や死体検案書などが存在しないこと、実質的に監禁されていて申請できなかったこと」などの理由を挙げて、福岡地方裁判所に支給を求め訴えを起こした。

2010年7月8日、福岡地裁(高野裕裁判長)は、「Aには期限内に申請ができない特別な事情があったのに、機械的に申請期限を当てはめるのは、被害者救済を目的とする制度の趣旨や正義の観念に著しく反する」とし、殺人が認定された刑事訴訟一審判決の2005年9月を申請期限の起点と認定し、福岡県公安委員会の裁定を取り消す判決を言い渡した[142][143]

福岡県公安委員会は判決を不服として、福岡高裁に控訴したが[144]、2010年11月30日、福岡高裁(古賀寛裁判長)は、第一審判決を支持し、県公安委側の控訴を棄却する、控訴審判決を言い渡した[145]

福岡県公安委員会は控訴審判決を不服として、最高裁に上告したが[146]、2011年9月2日付で、最高裁第二小法廷(竹内行夫裁判長)は、不支給裁定を取り消した一・二審判決を支持し、福岡県の上告を棄却する決定をした[147]。これにより、不支給取り消しが確定したため、福岡県公安委員会は、同年9月15日付で、Aに給付金を支給した[148]


注釈

  1. ^ Mによると交際女性とその母親と同時に肉体関係を持つことは日常茶飯事という。また元妻の証言によるとMがスナックを経営する母娘双方に入れ込んでいた事例では、母娘双方ともMに入れ込んでいるとM自身が元妻に報告し、Mから「あなたは母が本気になっている相手だから、私は諦める」旨が書かれた娘からの手紙を元妻に見せている。
  2. ^ 豊田本では「服部恭子」、中尾本では「沙織」、新潮文庫では「美子」と仮名になっている。
  3. ^ 2022年11月27日以前は、同年3月22日生と記載。要出典。
  4. ^ 佐木本と新潮本では実名で、豊田本では「服部清志」、中尾本では「前島」と仮名になっている。
  5. ^ Bの家族の中で唯一、Bと血縁関係がない。Bより3歳年上である。
  6. ^ a b c Mが妻と離婚したのは数年後の1992年に相手側の調停によって行われたものであり、また離婚したMがBと結婚してBの家に婿養子入りすることはなかった。
  7. ^ 夫に対しては次女の養育費名目、実家に対しては再婚費用として。
  8. ^ Bの供述では「今までの迷惑料、Bが家に出てからの諸経費、Bの行動に関する補償金、BがGを小倉のマンションに呼んだ時に見つからないようにAを浴室に閉じ込めた際の慰謝料など」があった。
  9. ^ Hがトイレ使用の際はBが監視役だったが、H死亡前の時期にHにナプキンを渡したことは一度もなかったという。
  10. ^ Iのセックス問題について、Bは法廷で「Hは毎晩久留米から小倉に来ているため、朝になるのは仕方ないと思う」とIを擁護している。
  11. ^ Bはこの言葉を「殺すことに逆らえないのなら、自分の手で殺したほうがHのため」という悲壮な決意と受け止め、胸が詰まったという。
  12. ^ Bは裁判で「Mに意思を抑圧されていた」と主張するも退けられ、Mとの共謀を認定された。また、一審判決ではIについては「Mに逆らうことが難しかった」とされながらもM及びBと共謀したとされている。
  13. ^ Bは裁判で「Mに意思を抑圧されていた」と主張したが退けられ、Mとの共謀を認定された。
  14. ^ Bは裁判で「Mに意思を抑圧されていた」と主張したが退けられ、Mとの共謀を認定された。

出典

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