レナード・ローズ レナード・ローズの概要

レナード・ローズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/29 15:23 UTC 版)

レナード・ローズ
基本情報
生誕 (1918-07-27) 1918年7月27日
出身地 アメリカ合衆国ワシントン
死没 (1984-11-16) 1984年11月16日(66歳没)
学歴 カーティス音楽院
ジャンル クラシック音楽
職業 チェリスト
担当楽器 チェロ

経歴

フェリックス・ザルモンド

幼少期

1918年7月27日、キエフから移住したロシア人の両親のもとワシントンD.C.に生まれ、フロリダにて育つ[3][5][6]。アマチュアのチェロ奏者であった父から手ほどきを受けたのち、10歳でマイアミ音楽院でワルター・グロスマンに師事し、13歳でフロリダのコンクールで入賞した[3][5]。さらには、当時ニューヨークのNBC交響楽団で首席チェロ奏者を務めていたフランク・ミラーにも師事した[7]

オーケストラ奏者時代

15歳で奨学金を得てカーティス音楽院フェリックス・ザルモンドに学び、2年後にはアシスタントとなった[3][8][7]。その後、20歳でアルトゥーロ・トスカニーニ時代のNBC交響楽団に加わり、首席チェリストに抜擢された[3][7][6]。翌年にはアルトゥール・ロジンスキ時代のクリーヴランド管弦楽団の首席奏者として招聘され、1943年にロジンスキがニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に移籍した時には、同じくニューヨークに移り首席奏者となった[3][7][6]

首席奏者として協奏曲のソリストを務めることもあり、1944年に同団とエドゥアール・ラロの『チェロ協奏曲』を演奏して、カーネギー・ホールでのソリストデビューを果たした[7]。また、1949年にはブルーノ・ワルターが指揮する同団とともに、ソリストとしてベートーヴェンの『ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲』を録音した[9]

ソリスト時代

ソリストおよび教育者としての活動のため、1951年にオーケストラを去った[7][6]。なお、オーケストラ団員として最後の出演は、エディンバラ音楽祭での演奏会だった(なお、これがローズのイギリスデビューとなった)[7]

協奏曲のソリストとしては、ユージン・オーマンディレナード・バーンスタインといった指揮者と共演した[10]。また、アイザック・スターンユージン・イストミンと結成したピアノ三重奏団は人気を博し[4]、彼らとともに演奏したベートーヴェンのピアノ三重奏曲全集は、1970年のグラミー賞最優秀室内楽部門に輝いた[11]。また、1946年からはジュリアード音楽院で教鞭を取り、多くの弟子を育てた[7]

音楽祭などにも参加しており、ピアニストのグレン・グールド、ヴァイオリニストのオスカー・シュムスキーとともにストラトフォード音楽祭の共同音楽監督を務めた[12][13][14]。また、スターンの誘いで1961年の第1回イスラエル音楽祭や[15]、1973年のエルサレム・ミュージック・センターの杮落としにも参加した[16]

ニューヨーク州ホワイト・プレインズ白血病のために他界した。

人物

神経質な性格で、毎朝何時間も練習をするうえ、コンサート当日の午後4時には必ずステーキと付け合わせを食べていた[17][18]。また、コンサートの1時間前にはホールに姿を現し、ウォームアップのための運動を行なっていた[18]

最初の妻を癌で亡くし、2番目の妻ジーニィアと再婚した[17]


  1. ^ Find a grave
  2. ^ 死去の記事(The New York Times)
  3. ^ a b c d e f g ベッキ (1982)、237頁。
  4. ^ a b c d e f g ベッキ (1982)、238頁。
  5. ^ a b c キャンベル (1994)、207頁。
  6. ^ a b c d 音楽之友社編『名演奏家事典(下)』音楽之友社、1982年、1158頁。
  7. ^ a b c d e f g h i j k l キャンベル (1994)、208頁。
  8. ^ キャンベル (1994)、163頁。
  9. ^ ライディング、ぺチェフスキー (2015)、463頁。
  10. ^ a b c キャンベル (1994)、210頁。
  11. ^ シリーズ「20世紀の巨匠たち」~スターン・トリオ Vol.4”. CLASSICA JAPAN. 2020年11月30日閲覧。
  12. ^ オストウォルド (2000)、9頁。
  13. ^ オストウォルド (2000)、159頁。
  14. ^ フリードリック (2002)、156頁。
  15. ^ a b スターン、ポトク (2011)、237頁。
  16. ^ スターン、ポトク (2011)、304頁。
  17. ^ a b スターン、ポトク (2011)、239頁。
  18. ^ a b スターン、ポトク (2011)、240頁。
  19. ^ a b c d e キャンベル (1994)、209頁。
  20. ^ キャンベル (1994)、282頁。
  21. ^ マ (2000)、132頁。
  22. ^ スターン、ポトク (2011)、231頁。
  23. ^ キャンベル (1994)、170頁。
  24. ^ a b キャンベル (1994)、171頁。
  25. ^ スターン、ポトク (2011)、236頁。


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