ヤングパラダイス スタッフ

ヤングパラダイス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/04 04:57 UTC 版)

スタッフ

オープニング テーマ

タイトルは全て、オリジナルのもの。歌詞の一部を番組タイトルや三宅の名前などに置き換え、2番以降をオフボーカルにした番組オリジナルの素材を使用した。高原兄 担当時のオープニング テーマは加山雄三作曲の『ブラック・サンド・ビーチ』(映画『エレキの若大将』挿入曲)のザ・ベンチャーズ ヴァージョン。

  • 安部恭弘 - 『カフェ・フラミンゴ』
  • 松尾清憲 - 『愛しのロージー』(歌詞の「ロージー」を三宅の名前「ユージー」に置き換えた)
  • BLUEW - 『Syndi』(タイトル及び歌詞の「Syndi」を「ユージ」に置き換えた)
  • 我妻佳代 - 『気になるアイツ』(アメリカの歌手・ANA(アナ・ロドリゲス英語版)の『THE BOY NEXT DOOR』の日本語カバー曲で、「AGA」(アガ)名義で歌っていた)
  • JAG-TOY - 『DOWN TOWN PARADISE』(歌詞の殆どがオリジナルと異なるヤンパラ バージョン)
  • MASAHARU - 『渚のラジオ』(セカンドシングル「暴れる女神~HURRICANE GIRL~」のC/W曲、歌詞の置き換えはなく、オリジナルを使用した)
  • 遠藤賢司 - 『エンケンのミッチー音頭』(歌詞の一部を「ヤンパラ」などに置き換えていた)

その他

  • 1987年草野球の全国大会、ニッサングリーンカップに「ヤンパラチーム」として出場したことがある。対戦相手はヤンパラファミリーの仲村トオルが出演した刑事ドラマの「あぶない刑事チーム」だった。(詳細:[1]
  • イメージキャラクターは「マイクストロベリー」。フロリダ生まれという設定。
  • 時々、オープニングでシンガーソングライター・谷山浩子のラジオ番組「谷山浩子のオールナイトニッポン」のコーナー「谷山浩子の愛の星占い」のパロディー「三宅裕司の愛の星占い」を演じて笑いを誘った。
  • 番組のイベントとしては、『校内出前放送局』と題して、1985年11月19日東京都立南葛飾高等学校に三宅自ら出向き、同高校の放送室でヤンパラの収録を行った[10]。また、『とんでもない学力テストを受けてヤンパラスキーツアーに行こう』という企画を行い、その中から選ばれたリスナーを連れて1986年3月1日にツアーに行っている[11]
  • 1985年10月14日は、TBSのスタジオから放送を行った。当時三宅が出演していたTBSの番組『冗談ストリート』の収録と当番組の放送時間が重なり、一緒にやろうということになったためである。なお、この模様はテレビでも、同年11月9日の冗談ストリート内でも放送された[12]
  • 1年通して(正月も含めた)月曜から木曜まで休みなく常に放送。三宅が年に数回、まとめて休みを取ることがあり、その時はパーソナリティとして小倉・八木橋等SETのメンバーが代理で「小倉・八木橋のヤングパラダイス」などタイトルコールも替えて放送した。また、常滑川まこと(大竹まことの別名義)や坂崎幸之助等が代理パーソナリティを務めたこともあった。
  • 高原兄が降板するに当たり、後続のパーソナリティ選出のオーディションにとんねるずサンプラザ中野らも候補として挙がっていた[13]。とんねるずは既に中高生に人気があったコンビであるが、最終オーディションで落選。その後、テンションの高いトークを買われ、サンプラザ中野共々深夜枠の『オールナイトニッポン』に起用、『とんねるずのオールナイトニッポン』『サンプラザ中野のオールナイトニッポン』を開始する。
  • 1984年12月6日放送の『ザ・ベストテン』の7位に菊池桃子雪にかいたLOVE LETTER」がランクイン。放送中に菊池がニッポン放送のスタジオ・ラジオハウス銀河で『SONY Night Square 桃子とすこし夜ふかし』の収録をしていたため、そのままニッポン放送社屋内で歌った。演出が各スタジオへ向かうものだったため、たまたま放送直前の打ち合わせ中だった三宅とスタッフ3人が映り、歌唱中の菊池を「(歌詞にある)物語じゃないよ!」と困惑しつつ突っ込んだり、菊池の後に付いていき「マズイじゃないか!」とおどけるようにボケ倒した。この後、菊池は『ヤンパラ』の直前に生放送されていたナイターオフ番組に出演中の明石家さんまのいるスタジオへ向かい、これに驚いたさんまはすかさずスタジオを飛び出し、「放送中やで!」「これ、本番?」と発言した。追っかけマンは、松宮一彦(当時TBSアナウンサー)。この模様は1984年12月27日の『ザ・ベストテン豪華版』の「名迷場面集」でも放送された。

脚注


注釈

  1. ^ 1989年12月11日から12月24日までを対象としたビデオリサーチによる聴取率調査(18:00以降をヤングタイムとしている)。ベストテンの詳細は当番組は火曜日:2.3%(第2位)、月曜日:2.2%(第3位)、水曜日:1.9%(第4位)、木曜日:1.8%(第8位)。その他のランクインは第1位:とんねるずのオールナイトニッポン(ニッポン放送)2.7%、同率4位:ザ・ヒットパレードTBS)月曜、水曜、ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン(ニッポン放送)いずれも1.9%、同率8位:ザ・ヒットパレード 木曜 1.8%、同率10位:ザ・ヒットパレード 火曜、金曜、夜はこれから(TBS)火曜、金曜 いずれも1.7%[5]
  2. ^ 三宅の結婚記念として、三宅がドカンクイズに挑戦した際は「ドカン」は8問目に置かれていたが、時間切れで賞金獲得となった。最終回で三宅が挑戦したが「ドカン」は4問目だったにもかかわらず、3問目で時間切れとなってしまい、10,000円を獲得した。
  3. ^ 制限時間が無く、10問必ず出題する。挑戦前に「パーフェクト宣言」をすると「ボカン」と同じ数しかパスできなくなる代わりに完走時にボーナス賞金が出る等の違いがあった。
  4. ^ 『おニャン子のアブない夜だよ』『おちゃめな夜だよ いたずらレモン』を除く。
  5. ^ 南渕のパートナーだった高橋良明の交通事故死に伴う措置。

出典

  1. ^ 月刊ラジオマガジン 1983年12月号 p.144「ラジオ番組Q&A」
  2. ^ ラジオマガジンモーターマガジン社)1983年8月号 p.160 ニッポン放送番組表
  3. ^ a b 上柳昌彦『定年ラジオ』 2018年 三才ブックス ISBN 9784866730684 p85 - p86
  4. ^ 明星集英社)1983年7月号「おかひろみのRADIO WAVE」p.171
  5. ^ ラジオパラダイス 1990年4月号 p.20 - 21「新・首都圏ラジオ聴取率調査結果発表」
  6. ^ JOLF_archiveの2023年1月15日のツイート- X(旧Twitter)
  7. ^ ニッポン放送ラジオ番組表 84 4月号 - ウェイバックマシン(2013年2月20日アーカイブ分)
  8. ^ 日本懐かしラジオ大全(辰巳出版、2021年11月5日初版発行)p.11
  9. ^ 朝日新聞 1988年1月18日朝刊ラジオ欄(19面)
  10. ^ 月刊ラジオパラダイス 1990年8月号 p.6
  11. ^ 月刊ラジオパラダイス 1986年5月号記事『「ヤングパラダイス」とんでもない学力テスト』
  12. ^ 月刊ラジオパラダイス 1985年12月号 p.40記事より
  13. ^ 月刊ラジオパラダイス 1989年8月号「特集 ニッポン放送35周年グラフィティ」p.39






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