システムインテグレーター システムインテグレーターの問題点

システムインテグレーター

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/07 04:46 UTC 版)

システムインテグレーターの問題点

歴史

システムインテグレーターが登場する以前は、クライアントの情報システム部門が主導してシステム開発を指揮していた。1990年代、これを外部のシステムインテグレーターにアウトソーシングする流れが起きた[5]

第1に都市銀行の第三次オンライン・システムなどシステムが巨大化・高度化した。経済性や技術面、標準化、社会的なシステムの構築などの面から、個々の企業には手におえなくなってきた。第2に企業内の情報システム部門は収益を上げる製造営業部門から離れた間接部門であり、バブル後の不況によって経費削減が迫られた。第3に米国でアウトソーシングが流行していた。特に1989年コダックIBMのアウトソーシング契約は「コダック・エフェクト」として話題になった。このような、情報システムの業務を社外の専門会社に一括委託するアウトソーシングが日本国内でも多くの企業で合理的であると安直に判断され、外部委託と共に無用となった情報システム部門の子会社化や売却も多数行なわれた。政府もSI・SO制度を作り後押しした。

日本と欧米の業界構造の違い

商慣習の違いが大きく、どちらか一方のみが優れていると言うことは難しいが、日本米国および欧州IT業界の構造は全く違っている。

システムインテグレーターの隆盛は日本特有の現象である。この状況に至った原因としては、製品の細部の完成度に拘る日本人気質や、元々IT文化が存在しなかった日本企業の経営者がIBMアウトソーシング事業に注目し、建築業界の下請け構造を参考にIT業界を作ったことが挙げられる。日本は終身雇用という制度が主流のため、属人的なノウハウを持つ有識者が退職しない事を前提として会社別の作り込みが成立している。海外で行われていない人月を基本単位とした工数計算も行い、プロジェクトの進捗を厳格に管理する。始業時刻も一般的なサラリーマンに準じて、厳格に定められている事が多い。そして、上流のITベンダーやシステムインテグレーターがプロジェクト管理設計のみを行い、下請けの末端を担うソフトウェアハウスプログラミングを行うという分業体制が普通になっている。この業界構造だとユーザー企業のITについての負担を減らすことが出来、情報システムの大幅なカスタマイズも可能になるが、担当者間のコミュニケーションロスが大きく、プロジェクトの炎上も起きやすくなる。また、新規開発部分については資料化し、後任者に引き継がれなければならない。

日本とは逆に、ITを生み出した米国や欧州では、ユーザー企業がエンジニアを抱えて自社のシステム開発を行う事が普通である。日本ではエンジニアの7割以上がIT企業に所属するのに対し、米国ではその割合は約3割、欧州でも5割未満となっている[8]。欧米のユーザー企業が自社のシステムを開発する場合は、ユーザー企業自らが既成のソフトウェアパッケージに最小限のカスタマイズを加えてシステムを内製する傾向が強い。この方法は、情報システム部門がエンジニアを抱えて、社内でシステム開発から運用までを行なう[9]、インハウス開発に該当する。コダックのような一括請負のフル・アウトソーシングは特例的なもので、システム等管理運営受託が多い[10]。この傾向の背景として、米国の雇用の流動性が高く、システム開発における属人性を排除する必要があることに注意する必要がある。また、ユーザー企業の負担は増え、情報システムの大幅なカスタマイズを行うことも難しくなる。新規開発部分が少ないため、後任者への引き継ぎは殆ど必要ないとされる。

米国とは対照的に、日本のユーザー企業はクライアントとしてシステム開発を外注・丸投げする傾向が強い。特に政府調達においては丸投げは顕著で、一部のシステムインテグレーターがITゼネコン化する弊害が出ている[11]。また民間でも、情報システム部門の弱体化による企画力や発注能力の低下が問題になっている[12]。2009年4月1日から強制適用される工事進行基準[13] や政府調達制度の改革により、過度の丸投げを抑制しようという動きが進んでいる。建設業界をモデルとしてIT業界の構造が作られた経緯があるため、システムインテグレーター各社による巨大な下請構造が作られるに至っている。人月計算も行われた米国とは異なり、1社毎にオーダーメイドで独自色の強い業務システムが組まれることが普通であるが、過去に開発されたシステムに関しては設計資料が失われていることが多く、前例踏襲で既存のシステムを限界まで活かし続けると共に、場当たり的な改修が重ねられて新システムへの移行が更に難しくなり、システム刷新時にはプロジェクトが炎上する確率が高くなっているという、古色蒼然とした業界である。日本のシステムインテグレーターの体質を現す事例としては、みずほ銀行の4千億円超を投じた基幹システム統合プロジェクトが好例である[14]

受託開発

日本のユーザー企業は、その企業専用に特化したカスタムメイドのソフトウェアの開発をIT企業に発注する傾向が強い。汎用のパッケージソフトを導入する場合でも、カスタマイズ比率が高い。よって日本のIT企業のビジネスモデルは、ユーザー企業の自前主義に対応して、受託開発が中心になっている[15]。受託開発におけるIT企業の役割は、ユーザー企業の提示する要件に基づいて、仕様書を作成しプログラムを記述し、情報システムを構築する事である。これを行うのがシステムエンジニアである。

受託開発は収益性が低い。八尋俊英は「情報サービス業の市場規模と比べて、日本のIT企業は収益性が低い。欧米のIT企業だけでなく、インドのIT企業にも負けている。その原因は受託中心と多重下請けである[10]」と主張している。受託開発によって作成されたソフトウェアは、外販されることが少ない。また、知的財産権がユーザー企業に帰属する契約となっていることが多く、IT企業は過去の成果物を再利用して、生産性を上げる事が出来ない[15]。受託開発を担うシステムインテグレーターの隆盛は、日本の国際競争力を下げている[10]

法令の遵守が徹底されていない。受託開発は労働集約的で、多重型の受注構造が取られている。それに伴い、技術者の手配に際して偽装請負が常態化している。この他にも「下請法違反」「制限を超えた残業、サービス残業の常態化」「裁量労働制の間違った適用」「スキルシートの違法な提示」を問題視する意見がある[16]

受託開発はユーザーの指示通りに作るだけなので、差別化が図り辛い。外販もされず地味である[15]。海外と比較しても、立場の弱さが顕著であり[17]、多重型の受注構造の原因となり、労働条件も悪い。受託開発を担うシステムインテグレーターの隆盛は、若者のIT業界離れの一因になっている[10]

長期的な収益性の低下

インドのIT企業にも劣る収益性の低さは、短期的なものではない。業界全体の売上高は伸びているにもかかわらず、営業利益率は1998年度をピークとして下降し続けている[18]

情報処理に対して理解の乏しいユーザに過剰に不安感を煽り、不要なシステムを提案する。書籍やWeb情報媒体との連携によって業界ぐるみで儲けていた時代もあったが、このまま収益性が下がり続けると「あと20年以内に上場企業全体としては営業利益率がゼロ」になるという意見すらある[19]


  1. ^ 野木恵一著 軍事研究 2007年9月号 『グローバル軍需産業の世界戦略』 p.28-p.39
  2. ^ internet.com. “webopedia”. 2009年10月25日閲覧。
  3. ^ 佐藤治夫 (2009年10月5日). “第30回 「システム・インテグレーション」の誤訳が不幸の始まり”. IT Pro. 2009年10月19日閲覧。
  4. ^ ミッキー・グレース (2006年11月27日). “こんなにある!英語圏では通じない“和製英語””. IT Pro. 2009年10月25日閲覧。
  5. ^ a b 最相 力『システムインテグレーターの時代』
  6. ^ 社団法人 情報サービス産業協会 (2007年). “特サビ実態調査 グラフ・表” (PDF). 2008年11月4日閲覧。
  7. ^ マイコミ. “第2回 “ITの花形” SIerをもっと深く知る|ITエンジニア講座”. 2009年10月25日閲覧。
  8. ^ IPA - IT人材白書2017 P.13
  9. ^ IT業界構造 - 親子丼的ビジネス奮闘記(4)
  10. ^ a b c d 八尋俊英 (2008年5月27日). “2008年度の政府の情報関連施策について” (PDF). 経済産業省. 2009年10月19日閲覧。
  11. ^ 岸本周平 (2003年2月5日). “政府調達制度とITシステム“IT ゼネコン”を育てたのは誰か” (PDF). 経済産業研究所. 2009年10月19日閲覧。
  12. ^ 田口潤 (2001年9月5日). “放置していいのか,情報システム部門の“弱体化””. IT Pro. 2009年10月25日閲覧。
  13. ^ 島田優子 (2008年6月30日). “IT業界に激震走る!”. IT Pro. 2009年10月25日閲覧。
  14. ^ “みずほ銀行の次期システム開発はなぜ炎上した?今さら聞けない合併・統合失敗の歴史【図解】 | ビヨンド(Beyond)” (日本語). Beyond. (2017年11月6日). https://boxil.jp/beyond/a3316/ 2018年11月19日閲覧。 
  15. ^ a b c IT化の進展と我が国産業の競争力強化に関する研究会 (2007年). “中間とりまとめ(案) 我が国産業の強さを活かすIT投資の在り方” (PDF). 経済産業省. 2009年10月19日閲覧。
  16. ^ 落合和雄 (2006年10月16日). “第11回 処罰されて悔やんでも遅い・IT企業に依然はびこる違反行為の数々”. NIKKEI NET. 2009年10月20日閲覧。
  17. ^ ここがヘンだよ日本のシステム開発
  18. ^ 藤井英彦 (2006年). “新たなフェーズを迎える情報サービス産業” (PDF). 日本総研. 2009年10月19日閲覧。
  19. ^ ITPro (2009年7月15日). “IT業界に3度目の危機、“中年症候群”から抜け出せるか”. 2009年10月19日閲覧。
  20. ^ IT Pro (2020年9月7日). “ITサービス企業業績ランキング”. 2021年9月7日閲覧。
  21. ^ Statista (2016年8月3日). “Leading information technology (IT) companies ranked by global IT services revenue in 2017 and 2018”. 2016年8月5日閲覧。


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