砲戦車と自走砲
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/30 21:12 UTC 版)
本来「砲戦車」とは、中戦車に75㎜山砲を旋回砲塔式に搭載した、戦車部隊に同行する支援戦車を指しており、当然機甲科の管轄下にある兵器であった。しかし、時期と場合によっては他の兵科である砲兵科の管轄下の兵器であった「自走砲」を砲戦車と呼ぶ一例があった。それが一式砲戦車(ホニI)であり、公式的には試製一式七糎半自走砲であった。これはホニIが開発当初に砲戦車として運用する構想があったことに由来する名残であり、戦車兵らが一部の自走砲を砲戦車と非公式に呼称したきっかけでもあった。 実際に戦車連隊に配備された一式七糎半自走砲及び一式十糎自走砲(ホニⅡ)のうち、前者を砲戦車、後者を自走砲と呼び分けた例が戦車第三〇連隊等の文書記録に存在する。しかし、これらの車両は機甲師団用の機動砲兵として配備が進められていた物で、大戦末期において、ホニⅠ及びホニⅡ、四式十五糎自走砲などの自走砲を対戦車戦闘目的に使うことが決定した際、ホニⅠの運用法が砲戦車の運用に近づいていったが、自走砲部隊の人員供給は野戦砲兵学校を中心に行われており、ホニⅠはあくまでも自走砲であり、砲兵の管轄であるというかなり曖昧な立場であった。 また、ホニIは開発段階以外でも砲戦車として採用する計画もあったが判然としておらず、三式砲戦車とは異なりあくまで一式十糎自走砲と同様に砲兵が所掌する装備であった。(具体例として、1944年のフィリピン戦線に参加した戦車第10連隊内の第五中隊は砲戦車中隊であるが、すべて57㎜短砲身砲搭載の九七式中戦車である。また本土決戦に向け、九州地区に配備された機甲部隊内の砲戦車中隊の編成は、すべて三式中戦車とその代用である三式砲戦車からなっていた。) 日本陸軍では多くの軍用車輌はカタカナ二文字の略記号(秘匿名称)でも表すことができ、砲戦車は、「ホ○」という記号で表される。ホは砲戦車(ホウセンシャ)の頭文字を取ったものである。○には開発計画順にイ、ロ、ハ・・・と割り当てられる。計画順なので、未完成の車輌も含む。また自走砲(つまり砲兵科管轄)も「ホ○」で表す。ただしナト、カト、ジロなどの例外もある。 「ホ○」には、諸外国では「自走砲」、「突撃砲」、「駆逐戦車」、「戦車駆逐車」と呼ばれるカテゴリーに相当するものが幅広く含まれる。古い書籍においてはこれらの車両に対してしばしば「砲戦車」という訳語を当てはめたものが見受けられる。 このように一般には「カテゴリーの頭文字+開発順」の組み合わせで表記される。ただしこのルールに該当しない変則的な略記号もある。 参考例:チ○・・・中戦車の記号。チはチュウセンシャの頭文字。以下同様。 ケ○・・・軽戦車の記号。 ホ○・・・砲戦車の記号。 カ○・・・水陸両用戦車の記号。 日本陸軍の砲戦車、自走砲には、ホイ、ホロ、ホニ、ホト、ホチ、ホリ、ホル、ナト、カト、ジロなどがある。 ホイ・・・二式砲戦車 ホロ・・・四式十五糎自走砲 ホニ・・・ホニI、ホニII、ホニIIIがある。ホニI・・・一式七糎半自走砲(一式砲戦車) ホニII・・・一式十糎自走砲 ホニIII・・・三式砲戦車 ホト・・・試製四式十二糎自走砲 ホチ・・・試製五式十五糎自走砲/新砲戦車(乙) ホリ・・・試製五式砲戦車・・・ホリIとホリIIがある。 ホル・・・試製五式四十七粍自走砲 カト・・・試製七糎半対戦車自走砲 カト・・・試製十糎対戦車自走砲 ジロ・・・ジロ車(自走式十加)
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