欧米・日本
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/21 22:24 UTC 版)
チャクラの概念は欧米に紹介された。近代神智学のチャールズ・ウェブスター・レッドビータ(1854年 - 1934年)は、ヨーガの修行でチャクラが覚醒したと主張し、1927年に『THE CHAKRAS』を書いた。加藤有希子によると、レッドビータが初めて虹、つまり太陽のスペクトルの7色と各チャクラのプラーナの色(菫、青、緑、黄、オレンジ、真紅、これらを統合したバラ色とされている)を関連付け、オーラを体系化した。『THE CHAKRAS』では、近代神智学の創始者ヘレナ・P・ブラヴァツキーの『シークレット・ドクトリン』3巻452ページを参照せよとあるが、そこにチャクラと色に関する記述は見られない。彼はチャクラを『ヨーガ・スートラ』と切り離し、虹の信仰を伝統的な「西洋起源の宇宙論的で契約論的な信仰」とも切り離し、西洋神秘主義的な彼以前の近代神智学とも異なる形で、チャクラと虹の7色を結びつけ、システマティックな身体論にまとめた。 レッドビータの虹色チャクラ説は、ニューエイジやオーラソーマなどのカラーセラピーの原点に親和するようなものだった。彼のチャクラ・オーラの概念は西洋オカルティズム、ニューエイジにも導入された。ニューエイジ系の人々のなかにはオーラ(生体が発散するとされる霊的な放射体)はチャクラから生ずると考える人もいる。欧米のヨーガ、レイキなどのエネルギー療法・手当て療法、日本の新宗教(桐山靖雄の阿含宗、オウム真理教、玉光神社の本山博主宰の宗教心理学研究所など)にも取り入れられている。オウム真理教はチャクラの位置の電位を測定するなどしてチャクラの存在を科学的に証明しようとしていた。 チャクラ図や宗教における後光などはあくまで象徴図・レトリックであり、伝統的にそれが物質的に何であるかが論じられることはなかった。初期のオーラ論者たちはオーラと霊的な力に物質的な裏付けを与えようとし、レッドビータはプラーナを虹色であるとし、当時の生理学・物理学を使ってチャクラやオーラ現象を物質世界の現象と結びつけて論じることで、オーラとチャクラの概念を物質化し、スピリチュアルでありかつマテリアルであると考える傾向をもたらした。現在もチャクラを実在すると考え、現実の肉体における内分泌腺などと霊的に直結し、それぞれの宇宙次元[要追加記述]にも対応していると考える人もいる。 チャクラは霊的肉体にあり、通常の人間には見えないが、開花したチャクラ[要追加記述]は霊視により花弁状に見えるとされ、チャクラを開花させる[要追加記述]とそれぞれのチャクラの性質に応じた能力が発揮できるようになると言われることもある。「仙骨は赤オレンジ、セクシュアリティやバイタリティと関わっている」というように、もっともらしく感じられるような色がそれぞれの能力にあてはめられている。非常に分かりやすく、色彩論における反知性主義ともいえるような言説である。加藤有希子は、取り上げられる能力は「人間が持つ総体的な能力というより、高度消費社会の住人が生きるのに必要な能力に限定されている」と指摘している。 加藤は、20世紀初頭のオーラ論は人種差別・女性蔑視・病気や障害を持つ人への差別の温床になっていたが、レッドビータの説はそれらとは大きく異なり、全ての人間が7色のオーラを持つとすることでグローバル化・ポストコロニアル化が図られており、また世界ではなく個人が虹の7色を持ちそれを掌握すると考えることで個人の神格化に帰結していると述べている。彼の思想はのちのニューエイジや自己啓発の「高度消費社会のキッチュ」に近い言説で、問題意識はグローバルなものであり、ニューエイジ思想の成立に大きな影響を与えたと言われている。 現代ではチャクラやオーラ論は、新しい治癒のトポロジーになり、セラピーや健康維持として消費されている。
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