ミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(母系)による系統
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 23:01 UTC 版)
「日本人」の記事における「ミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(母系)による系統」の解説
1980年代からのミトコンドリアDNAハプログループ(母系)の研究の進展により、ヒトの母系の先祖を推定できるようになった(ミトコンドリア・イブ参照)。これにより、アフリカ単一起源説がほぼ証明され、民族集団の系統樹も作成されるようになった。ミトコンドリアDNAやY染色体のようなゲノムの組換えをしない部分を用いた系統樹の作成は、集団の移動とルーツを辿るのに用いられる。たとえば日本人のミトコンドリアDNAのハプロタイプの割合と、周辺の集団つまり各ハプログループを比較することで、祖先がどのようなルートを辿って日本列島にたどり着いたかを推測できる。分析に用いられるのは、ミトコンドリアDNAの塩基配列のうち、遺伝子の発現に影響しない中立的な部分である。形態の生成等に関与せず、選択圧を受けないため、分析に用いることができる。 日本人に特徴的なミトコンドリアDNAハプログループとして、ハプログループM7aがある。琉球諸島・アイヌに比率が高く本州で比率が少なくなるという分布になっている。発祥地域については議論があるが、台湾付近で発生したM7aが日本を最大集積地(最も頻度の高い地域)とし、台湾・日本から朝鮮半島中国北東部へ北上し、北上の上限がシベリアとなったとの見方がある。 また、篠田謙一は2007年の著書で、ハプログループM7の発生を四万年前、さらのそのサブグループの発生を二万五千年前と推定し、M7の起源地を当時海水面の低下によって陸地となっていた黄海から東シナ海周辺とした。 これに対して崎谷満は2009年の著書で、M7aは極東・アムール川流域にも見られるほか、シベリア南部(ブリヤート)、東南アジアにも見られるとし、発生したのはシベリア南部 - 極東あたりと予想する一方、台湾先住民にも台湾漢民族にも存在せず、台湾から北上して日本列島に入ったものではないと記している。なお崎谷は上記の著書において、ミトコンドリアDNA・Y染色体といった分子人類学的指標、旧石器時代の石刃技法という考古学的指標、成人T細胞白血病ウイルスやヘリコバクター・ピロリといった微生物学的指標のいずれにおいても、東アジアのヒト集団は北ルートから南下したことを示し、南ルートからの北上は非常に限定的で日本列島には及ばなかったと述べている。 その他、日本人によくみられるタイプとして、ハプログループD (mtDNA)、ハプログループA (mtDNA)、ハプログループG (mtDNA)、ハプログループN9 (mtDNA)、ハプログループB (mtDNA)、ハプログループF (mtDNA)が挙げられる。
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