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クウェート

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/05 12:24 UTC 版)

クウェート国
دولة الكويت
クウェートの国旗 クウェートの国章
国旗 国章
国の標語: なし
国歌: 祖国の歌(al-Nashīd al-Watanī)
クウェートの位置
公用語 アラビア語
首都 クウェート (市)
最大の都市 クウェート
政府
首長 サバーハ・アル=アフマド・アル=ジャービル・アッ=サバーハ
首相 ジャービル・アル=ムバーラク・アル=ハマド・アッ=サバーハ
面積
総計 17,820km2152位
水面積率 極僅か
人口
総計(2008年 2,985,000人(139位
人口密度 127人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(2008年 424億[1]クウェート・ディナール (KD)
GDPMER
合計(2008年 1,580億[1]ドル(52位
GDPPPP
合計(2008年 1371億[1]ドル(55位
1人あたり 39,849[1]ドル
独立
 - 日付
イギリスより
1961年6月19日
通貨 クウェート・ディナール (KD)(KWD
時間帯 UTC +3(DST: なし)
ISO 3166-1 KW / KWT
ccTLD .kw
国際電話番号 965

クウェート国(クウェートこく、دولة الكويت)、通称クウェートは、立憲君主制中東西アジア国家。首都はクウェート1990年イラクに一時占領された(湾岸危機)。

目次

国名

正式名称はアラビア語で、دولة الكويت(Dawlat al-Kuwait ダウラトゥ・アル=クワイト)。

公式の英語表記は State of Kuwait。通称 Kuwait。

日本語の表記はクウェート国。通称クウェートクウェイトとも表記される。漢字では科威都と表記される。

歴史

16世紀頃より現クウェート領域はオスマン帝国の支配下にあり、統治拠点はバスラにあった。18世紀に入ると、当地にサバーハ家 (Al-Sabah) が勃興し、1756年その首長がオスマン帝国の下で当地域の統治を担うようになる。サバーハ家は、サウジアラビアサウード家バーレーンのハリーファ家を輩出したアナイザ族の一派でアラビア半島中部より移動してきたと考えられている。この頃のクウェートは漁業真珠の採集、交易が主な産業であった。1783年には、リッカの戦いと呼ばれるものが起きている。バニー・カアブと呼ばれるアラブ系の一族と戦って勝利した戦いである。バニー・カアブが攻撃を行った理由は諸説ある。今日のクウェートの君主と国民の祖形として国史の重要な位置を占める。ちなみにリッカとは地名で現在のファイラカ島ブビヤン島の中間の浅瀬にある。

19世紀に入ると、オスマン帝国は支配の綻びを繕うために当地へ軍事介入を繰り返し、その結果1871年にバスラ州の一部となった。1899年サバーハ家のムバラク大首長は中東の植民地化を図っていたイギリスへ寝返り、イギリスの影響下に入り当地域を統治した。1913年にはオスマンとイギリス間で協定が結ばれ、1914年にはイギリスの保護領となった。第一次世界大戦においてはオスマンは敗北し、イラク地域と共にイギリスの植民地となる。

イギリス支配からの独立は1961年のことである。

以上のような経緯から、クウェートに対するイラクの主権を認めさせようする流れが常にあり、1980年代以降には、イラクの世論を受けたサッダーム・フセイン大統領が、クウェートはイラクの領土であり、イギリスによって不当に分離され、現在はアメリカ合衆国がそれを引き継いでいる旨を内外へ発信した。ついに1990年、イラクにより一時併合されたが、国連において非難決議が出され、この占領状態は1991年湾岸戦争により終結した。

1930年代初頭、天然真珠の交易が最大の産業で主要な外貨収入源であったクウェートは、深刻な経済危機下にあった。それは当時、日本御木本幸吉が真珠の人工養殖技術開発に成功、これによって日本製養殖真珠が世界の宝石市場に徐々に浸透し、クウェート、バーレーン沖合で採取される天然真珠の需要を駆逐したことがその主たる理由である。それまでにイラク王国、バーレーンにおいて石油が発見されていたのでクウェートの首長、アフマド首長とクウェート政府は、新しい収入源を探すため石油利権をアメリカメロン財閥が保有するガルフ石油とイギリスのアングロ・ペルシャ石油の設立した50/50合弁会社『クウェート石油』に付与した。クウェート石油は1938年2月23日に、現在のブルガン油田となる巨大油田を掘り当てた。世界第二位の油田であるブルガン油田1946年より生産を開始しており、これ以降は石油産業が主要な産業となっている。

年表

政治

憲法によって立憲君主制を取っているが、首相以下、内閣の要職はサバーハ家によって占められており、実態は一族独裁による事実上の絶対君主制である。憲法に基づき首長(立憲君主制)、国民議会内閣の三者を中心とした統治形態が取られているが、首長が議会を解散できる・首相を任免できるなど権限が強化されているため、これも建国当初から有名無実化している。

言論・表現の自由も存在しない。2011年6月には、クウェート大学教授を父親に持つエジプト人の児童が小学校で、教師に「どうして先生の国では革命が起きないの?」と質問しただけで民主化要求デモ煽動の廉により停学処分となっている[2]

議会制度の歴史は他の湾岸諸国よりも古く、1920年代の諮問議会まで遡るとされる。しかし、2009年現在も政党の結成が認められていない。女性参政権は、バーレーンカタールオマーンなど他の湾岸諸国が先に確立した。だが、クウェートでも、2005年5月、女性に参政権が認められ、同年6月初の女性閣僚が生まれた。2009年5月16日の国民議会選挙では、初の女性議員が4人選出された。

サバーハ家にはジャービル、サーリムという2つの分家が存在し、交互に首長を輩出する慣習が長く続いてきた。しかし2005年にジャービル家のジャービル首長が没してサーリム家のサアド皇太子が即位すると、新首長の健康問題を理由にジャービル家を中心とするサアド首長降ろしが行われ、結局サアド首長は退位させられて、ジャービル首長の弟サバーハ・アハマド・ジャービル・サバーハ首相が即位した。サバーハ首長は皇太子に弟のナワーフ王子を任命しており、クウェートの支配体制はジャービル家により固められつつある。

1962年、第1回クウェート国民議会選挙が行われた。

湾岸危機直前の1990年1月には、1986年以降閉鎖されたままであった国民議会の再開を求めた民主化勢力が弾圧されるという事件も起きている。この弾圧を受けてクウェート国民の間で大規模な抗議デモが起こり、政府は国民議会を再開したという経緯がある。しかし、1990年の議会選挙は大半の議席が首長の任命制であったため、民主化勢力は選挙をボイコット。投票率も選挙が行われた年である85年の80%から、55%と低下した。

2006年6月29日、第11回クウェート国民議会選挙が行われた。定数2の25選挙区で計50の議席を249人の候補者が争った。2005年の女性参政権獲得後初の選挙で、249人の候補者のうち28人が女性であったが、初の女性議員は実現しなかった。有権者数34万248人(女性は19万5000人)、投票数22万3187人(投票率は65.6%)であった。イスラム主義者を中心とする野党勢力が、改選前の29議席から33議席に増加し、過半数を占めた。7月1日、サバーハ首長は、野党勢力が伸張した国民議会選挙の結果を受け、内閣総辞職を受け入れた。

2009年5月のクウェート国民議会選挙(定数50)で初の女性議員が誕生した。マスーマ・ムバラク、サルワ・ジャサル、アシール・アワディ、ローラ・ダシュティの4人で、いずれも博士号を持つ教育や経済の専門家。アワディ議員は2009年秋、髪を覆うベールを着用しなかったとして罰金を科されたが、その後の訴訟で「ベール着用は女性個人の自由」との判断を勝ち取っている。[3]




  1. ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1]
  2. ^ 「なぜ革命起きないの」で停学=エジプト人児童の父反発-クウェート 時事通信2011年6月4日
  3. ^ “権利拡大へ女性4人衆奮闘=国民の期待担う初当選議員-クウェート”. 時事通信. (2010年1月25日). http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2010012500037 
  4. ^ 石油の確認埋蔵量は990億バレル。
  5. ^ 輸入品目の第1位は食料品で15.3%。


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