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カタール [Qatar]


カタル 1 [(オランダ) catarre]

粘膜細胞炎症が起きて、多量粘液分泌する状態。風邪のときに鼻が止まらないといった状態をいう。〔「加答児」とも書く〕


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カタール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/27 10:03 UTC 版)

カタール国
دولة قطر
カタールの国旗 カタールの国章
国旗 国章
国の標語: なし
国歌: カタール国歌
カタールの位置
公用語 アラビア語
首都 ドーハ
最大の都市 ドーハ
政府
首長 ハマド・ビン・ハリーファ・アール=サーニー
首相 ハマド・ビン・ジャービル・アール=サーニー
面積
総計 11,437km2158位
水面積率 不明
人口
総計(2008年 1,409,000人(148位
人口密度 73人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(2008年 3,723億[1]カタール・リヤル (QR)
GDPMER
合計(2008年 1,023億[1]ドル(55位
GDPPPP
合計(2008年 942億[1]ドル(64位
1人あたり 85,867[1]ドル
独立
 - 日付
イギリスより1971年9月3日
通貨 カタール・リヤル (QR)(QAR
時間帯 UTC +3(DST: なし)
ISO 3166-1 QA / QAT
ccTLD .qa
国際電話番号 974

カタール国(カタールこく)、通称カタールは、中東西アジア国家首都ドーハアラビア半島東部のカタール半島のほぼ全域を領土とする半島の国。ペルシア湾アラビア湾)に面する。南はサウジアラビアと接し、北西はペルシャ湾を挟んでバーレーンに面する。

国名は qatura (カトゥラ「噴出する」)に由来する。

目次

国名

正式名称はアラビア語دولة قطر (Dawlat Qaṭar ダウラトゥ・カタル) といい、通常は قطر (Qaṭar カタル) と称する。

英語での公式国名は the State of Qatar、通称 Qatar英語発音: /ˈkɑːtɑːr/ カーター、/ˈkætɑː/ キャター)。

日本語では「カタール国」「カタール」「カタル」と書かれる。漢字による表記は華太瑠

歴史

紀元前3000年から紀元前2000年頃の遺物が見つかっている。ペルシア湾での真珠採取の産地として古代から知られて来た。

その後、近代までの歴史は不明である。現在のカタール王家サーニー家(Āl-Thānī)の創始者サーニー・ビン・ムハンマドがビダウ( البدع al-Bida‘、現在のドーハ)を治めるカタールのシェイク(シャイフ)に選ばれた。バーレーンのハリーファ家(Āl-Khalīfa)が1868年まで北カタールを治めていた。その年カタール貴族の依頼によりイギリスの仲介でバーレーンの主張を取り下げさせたが、オスマン帝国がカタールを占領した。

第一次世界大戦後、オスマン帝国が撤退したあとはイギリスの実効支配のもと、アブドゥッラー・ビン・ジャースィム・アール=サーニーをシェイクとした自治権を認めた。イギリスとカタール間の1916年の条約は、イギリスとその他のペルシャ湾諸国の条約と同じく、イギリスの承認なく自国領の変更は認めず、諸外国との外交関係も一切認めないというものだった。その代わりイギリスは海上からの侵攻に対しては保護を与え、陸上からの攻撃に対しては支援を与えるという内容だった。1934年の条約はさらにイギリスからの保護を強化したものだった。

1935年に英蘭仏米の共同国益会社「カタール石油会社(Qatar Petroleum Company)」に対して、カタールでの75年間の石油掘削権を承認。1940年には高品質の石油が、カタール半島西岸で発見された。第二次世界大戦のため1949年まで石油輸出は行われなかった。1950年代から1960年代にかけて、この石油がカタールに繁栄と社会進化をもたらし、近代化の始まりとなった。

1968年に発表されたイギリスのスエズ以東撤退宣言に伴い、イギリスの保護領トルーシャル・オマーン (Trucial Oman:休戦オマーン。トルーシャル・コースト Trucial Coast:休戦海岸とも) は、1971年の独立を目指しアラブ首長国連邦 (Federation of Arab Emirates:FAE) を結成した。当時は首長国が単独で独立国家となるのは難しいと考えており、カタールやバーレーンもその一員としてFAEに含まれていたが、既にカタールとバーレーンは石油生産の好調で単独独立が可能な状態になっており、他首長国との利権問題もあってカタールとバーレーンは近隣国のサウジアラビアアラブ首長国連邦の一部になることを断り、カタールは9月3日に単独で独立した。同年9月11日にアラブ連盟に、21日に国際連合に加盟。1988年にはソビエト連邦中華人民共和国とそれぞれ外交関係を結んだ。OPEC(石油輸出国機構)の初期からの会員国で、湾岸協力会議の原加盟国である。

1990年の湾岸戦争では、反イラクの立場を取った。

1995年に現首長であるハマドが、前首長であり父であるハリーファの外遊中に無血クーデターを起こして政権を奪取。ちなみに、ハリーファも初代首長であり父であるアフマドの外遊中に無血クーデターを起こして政権を奪取している。

ハマドが政権を奪取して以降、彼は天然資源のみに頼った経済体制を危惧して観光産業の育成などに着手している。一時は前首長ハリーファの閉鎖的な政策の影響で宿泊施設すらほとんどなく、「世界一退屈な都市」とまで言われた首都ドーハにも様々な娯楽施設などが建設され、賑わいを見せ始めている。また、衛星テレビ局アルジャジーラも彼のポケットマネー(1億5000万USドル)で設立された。

政治

カタールはサーニー家( آل ثاني , Āl-Thānī)による首長制君主制の一種)である。現行憲法2003年4月29日に承認されたもので、三権分立の立場を取り、民主主義や女性参政権の保障などを謳っている。しかし、実際はサーニー家に実権が集中している状況。

議会としては45議席の「諮問評議会」が置かれており、閣僚への質問権や予算案承認のための投票権などを持つ。45議席のうち30議席は直接選挙、15議席は首長による任命制。行政権は首長および内閣が持つ。首相職あり。司法権は上級刑事裁判所、下級刑事裁判所、民事・商事裁判所、労働裁判所、高等裁判所の5裁判所が行使する。死刑制度が存在する。

有力部族

サーニー家
昔からのカタール土着の部族。1868年のカタール独立以来、首長のポストを独占している。2002年の内閣閣僚の6割はサーニー家が占めている[2]
アッティーヤ家
カタールの有力家族の一つ[2]。アブドゥッラー・ビン・ハマド・アル=アッティーヤ (Abdullah Bin Hamad Al-Attiyahが国副首相兼エネルギー・工業大臣として2007年11月に来日している[3]。また、2002年当時の中央銀行総裁はAbdallah al-Attiyahである[2]
ミスナド家
現首長ハマドの母や、ハマドの第二夫人で現皇太子の母モーザ王妃 (Sheikha Mozah Bint Nasser Al-Missnedを輩出する[4]
カマル家
2002年当時の財務相Yusif Husayn al-Kamalを輩出する[2]

軍事

カタール固有の軍事力は、軍事予算はGNP比4.2%(1993)、総兵力1万1800人である。

アメリカ中央軍が駐留し、首都ドーハ近郊に司令部の一つアッサイリヤ基地がある。アメリカ中央軍は中東を責任地域とするが、司令部のあるフロリダ州タンパが遠すぎるため、イラク戦争直前の2003年に第2の司令部として設置された。イラクアフガニスタンに展開したアメリカ軍部隊はここから指揮される。




  1. ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年7月18日閲覧([1]
  2. ^ a b c d 前田高行 『カタル・サーニー家の構図 』、2002年12月22日
  3. ^ 外務省カタール国 要人往来
  4. ^ 輝くアラブ女性のシンボル:モーザ王妃
  5. ^ IMF
  6. ^ 内閣府による県民経済計算
  7. ^ The Global Financial Centres Index 10
  8. ^ 日本国勢図会 2009/2010年版より


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