終末もの 近代の終末もの

終末もの

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/02 01:35 UTC 版)

近代の終末もの

近代以降の破滅ものフィクションの先鞭をつけたのは、イギリスのゴシック小説作家にして『フランケンシュタイン』の著者のメアリー・シェリーであった。1826年に出版した『最後の人間』では、疫病で人類が死に絶えた世界に生きる最後の1人が描かれている。この小説は終末ものというSFのサブジャンル最初の小説で、最初のサイエンス・フィクションとも評されるが、当時は酷評を浴びて忘却され、1960年代になってから再評価された。

リチャード・ジェフリーズ英語版1885年の小説『After London』が、しばしば「最初の終末後フィクション」と評される。この小説でのイングランドは未知の災厄に突然襲われて無人化しており、わずかな生存者が中世のような生活を送っている。第一章は、未来の歴史家が文明の死とその後を解説したという設定の文章であり、自然がイングランドを元に復活していく様子が描写される。農地は森に覆われて家畜は野生に帰り、道路や町には草が茂り、忌まわしいロンドンは湖や有毒の沼地と化している。第二章以降は、原始に戻った大地と社会を舞台にした単純な冒険となるが、破滅後のイングランドの説得力を持った描写には後のサイエンス・フィクションに共通するものがある。スティーブン・ヴィンセント・ベネー英語版1937年の短編小説『バビロンの水のほとりに英語版』では、同様に謎の災厄で廃墟となったニューヨークを舞台に、若者が成人になるための冒険が描かれている。

心地よい破滅

第二次世界大戦後のイギリスのSF小説家の間では、破滅後を描いたフィクションが大流行した。これらの多くに共通する特徴は「心地よい破滅」(cosy catastrophe)と呼ばれる。

「心地よい破滅」という語は、もともとイギリスのSF小説家・評論家のブライアン・オールディスが、SF史を概説した書籍『十億年の宴』の中で、当時の破滅ものSFの典型を揶揄して用いた言葉である。彼の批判した典型的な破滅ものの筋書きとは、我々の文明が崩壊し、一握りの生存者を除いてばたばたと人が死ぬ絶望的な状況にもかかわらず、主人公ら生存者たちは遠く離れた安全地帯にいて災厄を傍観していたり、無人の都市で残されたぜいたく品をあさるなどある面で楽しい冒険をしたりし、最終的には自分たちの文明観をもとにささやかなコミュニティを再建して、破滅の起こった原因や文明が滅んだ原因に対して達観した立場から考察を加える、というものだった。イギリスの小説家ジョン・ウィンダムの著作『トリフィドの日』は、流星雨のあとで世界の人口のほとんどが目が見えなくなり、主人公をはじめ流星雨を見なかった人たちが社会の崩壊や疫病、食人植物と戦いながら地方へ逃れる話であるが、オールディスがこれらの破滅ものを批判する際に代表として挙げている。

「心地よい破滅」は戦後イギリスの終末ものSFの典型として語られるが、その初期の形態は、1890年にアメリカの政治家・小説家イグネイシャス・ロヨラ・ドネリー(Ignatius L. Donnelly)が「Edmund Boisgilbert」の変名で発行した小説『Caesar's Column』にすでに見られる。この小説では20世紀末を舞台にし、世界を覆った寡占に対して労働者が起こした暴動により文明が崩壊する様を描くが、主人公はウガンダの高地に建設されたヨーロッパ人の入植地にいて難を逃れている。また1900年頃に書かれ流行した災害小説の一種で、より限定した範囲での破滅を描いたもの(たとえば火山噴火がロンドンとテムズ川流域を破壊する『テムズ・ヴァレイの大災害』〈グラント・アレン〉、大火災の煙と霧が合わさって人間を窒息させる黒いスモッグを起こす『The Four Day's Night』〈フレッド・M・ホワイト〉など)も「心地よい破滅」と呼ばれる。その「心地よさ」は破滅の範囲が非常に限られていること、主人公はどこか安全な場所で難を逃れて破滅を見ていることから来ている。

その他の終末もの

チェルノブイリ原子力発電所事故で無人となったチョルノーブィリ近郊の町プリピャチ。人間が住まなくなった市街地は緩やかに荒廃し雑草や植物に埋もれつつある。地球から人類が根こそぎいなくなれば、長く残存するプラスチックや放射性物質などを残しつつ、無人の大都市はほぼ自然に埋もれて消えていくと考えられる。
地球への小惑星の衝突。原始地球では大きな小惑星との衝突がたびたび起こったと推測されるが、終末ものでは近い将来の人類社会を巨大隕石や小惑星が襲う様を描くことがある

冷戦時代には、原子力が絶対的な力の象徴として描かれ、特に核戦争によって世界が終末を迎えるというタイプの終末ものが強く支持された[1]ネビル・シュートの小説で映画化もされた『渚にて』(1957年)などのように、近未来の核戦争による絶滅や破滅を描いたものが多く書かれた。一方で、破滅後の世界で、ミュータント宇宙人、最終兵器などと戦う、冒険小説的なものも書かれた。アンドレ・ノートンの『Star Man's Son』(別名 Daybreak 2250、1952年)は、放射能に汚染された大地で、青年がテレパシーを持つ猫の助けを借りながらミュータントたちと戦い、かつての文明の失われた知識を求めてアーサー王の聖杯探しのような旅に出る様を描く。この小説は後の破滅ものに大きな影響を与え、ほとんど語り直しのような小説が無数に出版される原型となった。

終末もののフィクションでは、未知の疫病や人工の疫病、彗星や隕石の衝突、気候変動や環境破壊、経済破綻や暴動、宇宙人の侵略や超自然的な存在による破壊、機械やロボットの反乱、太陽の膨張、人類の種族としての絶滅など、様々な原因による終末や破滅が描かれる。破滅後を舞台にしたものでは、生存者の苦闘を描くもの、民兵宗教組織が抑圧的な社会を築いているもの、西洋の中世程度に文明が後退した世界で破滅前の文明の遺物を巡って戦うものなどがある。また、破滅そのものよりも、迫る破滅直前の人心荒廃にテーマを置くものもある。


  1. ^ 濱野智史宇野常寛 『希望論―2010年代の文化と社会』 NHK出版、2012年、35頁。ISBN 978-4140911716
  2. ^ 『希望論―2010年代の文化と社会』35-36頁。
  3. ^ 科学とフィクション、その果てしなき「イタチごっこ」の行方 - ライブドアニュース





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