現代思想 冷戦の終わりと思想の大衆化

現代思想

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/21 01:28 UTC 版)

冷戦の終わりと思想の大衆化

冷戦が終わり、1991年にソ連が解体すると、「大きな物語」であったマルクス主義も物語としてだけではなく、現実に終焉を遂げたかのように見えた。残ったのは、高度資本主義社会において、大量消費を続ける社会であり、無数の「小さな物語」であった。そこでは、専門家によって高度に技術的なものになった哲学も大衆によって商品として消費されるように至ったのである。ほぼ時期を同じくしてポスト構造主義・ポストモダニズムは急激に衰退していった。

カルチュラル・スタディーズとポストコロニアリズム

1980年代、カルチュラル・スタディーズポストコロニアリズムという2つの思想潮流がほぼ同時期に発生し、相互に影響を与えつつ発展していった。カルチュラル・スタディーズは、リチャード・ホガードが初代所長となったバーミンガム大学現代文化研究センター (CCCS: Centre for Contemporary Cultural Studies) を起源の一つとし、スチュアート・ホールとディック・ヘブディジ、ポール・ギルロイらの活動によって発展し、各国に広まっていっていった。ホガードは、大学卒業後しばらくの間アダルト・エディケーション(日本でいうところの夜間学校に類するもの)で教鞭をとっていたことがあるが、このことに象徴されるように、カルチュラル・スタディーズの面々は、英国の高等教育と大衆文化の関係に直面し、その問題の分析にあたった。そのため文芸批評も分析の対象とするだけでなく、そのなかでも、いわゆる高級文化のみならずサブカルチャー大衆文化)をも手がかりにする点に特徴がある。大衆文化と切り離せないメディア論を駆使し、比較文学、文化人類学、社会学、政治学と結びつきながら展開していった。

ポストコロニアリズムは、エドワード・サイードが著した『オリエンタリズム』(1978年)を嚆矢とする。サイードは、ミシェル・フーコーに影響を受けつつ、第二次世界大戦後植民地だった地域は次々に独立を果たしていき、また、戦後人文学研究の中心地となったアメリカ合衆国で、多くのマイノリティーの二世・三世が大学で学位をとるようになった時代を背景に、西洋中心主義的な言説によっていかにオリエント(本著で問題とされているのは東洋ではなく中東アラブ)が構築され、それがいかに権力=知と結びついているのかを分析したのである。ポスト構造主義、ポストモダニズムの影響の下、文化人類学、社会学、歴史学、文学と結びつきながら展開し、マハトマ・ガンジー魯迅などの非西洋の思想に光を当てようとしたのである。

現代リベラリズム

アメリカ合衆国が設立された当時は社会や政治への関心がアメリカの哲学を支配していたが、分析哲学者達は認識論的な問題、言語や科学に関する問題や概念を主に扱っていたため、アメリカの哲学において1970年代まであまり社会や政治といった「実践」の問題には十分に関心を払われていなかったが、冷戦の終わりとほぼ時期を同じくして政治と社会に対する関心へ回帰する潮流が生まれる。

1971年、ジョン・ロールズはその著書『正義論』を出版した。この本では社会契約論の一形態に基づくロールズの「公正さとしての正義」観を披瀝した。ロールズは彼の概念の原点を説明するために「無知のベール」と呼ぶ概念機構の利用を提案した[7]。ロールズの哲学では、原初状態がトマス・ホッブズ自然状態に対する相互関係である。この原初状態では、人は無知のベールの影にあると言われ、それは人それぞれの性格に気付かず、人種、宗教、富などの社会における位置を気付かせないようにしている。公正の原則はこの原初状態にある間に分別のある人によって選ばれる。公正の2つの原則は平等な自由の原則と社会および経済的不平等の分布を支配する原則である。ここからロールズは格差原理に従う配分の公正の仕組みを論じ、社会および経済的不平等全ては最小の利点のある最大の恩恵であらねばならないと言っている[8]

自由意志論者ロバート・ノージックはロールズの考えを政府による過度の統治と権利侵害を促進していると見なし、1974年に『アナーキー・国家・ユートピア』を出版した。この本では、最小の国家を論じ、個人の自由を防衛している。政府の役割は警察の保護、国家防衛および裁判所の管理に限定し、現代政府によって通常に行われている他の任務、すなわち教育、社会保障、福祉等々は、宗教団体や慈善団体など自由市場で運営される民間組織に取って代わられるべきだと主張している[9]。ノージックはその見解を公正さの授権理論と主張し、もし社会の誰もが獲得、移行および調整の原則に従ってその所有物を獲得するならば、その配分が如何に不公平であろうとも割り付けのパターンは公正であるとしている。公正さの授権理論は「分配の公正さが実際にある歴史的状況によって決定されるが(終局状態理論の反対)、最も一生懸命に働いた者あるいは最も分け前に値する者が一番の分け前を得られることを保証する如何なるパターンとも関係を持たない」と主張している[10]

アラスデア・マッキンタイアはイギリスで生まれ教育を受けたが、アメリカ合衆国に40年間ほど生活し働いた。マッキンタイアは古代ギリシアにおいて提唱された道徳論である徳倫理学に関する関心を再生させた功績のある[11][12]、卓越したトマス・アクィナス主義政治哲学者と考えられている。「現代の哲学と現代の生活は理路整然とした道徳法の欠如によって特徴付けられ、この世界に住む大半の個人はその人生に意味ある目的感が無く、純粋な社会も欠けている」と主張している[13]。マッキンタイアはこのような状態を正すための適切な方法は個人が適切に美徳を獲得できる純粋に政治的な社会に戻ることであると考えている。

学術的哲学とは別に、政治と社会の関心は公民権運動マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの著作が中心的話題になった。


注釈

  1. ^ 貫成人はニーチェ、マルクス、フロイトの3人を「現代思想の三統領(貫成人『図解雑学 哲学』ナツメ社、2001年8月30日、pp.126-127)」として紹介しており、湯浅赳男(『面白いほどよくわかる現代思想のすべて―人間の“知”の可能性と構想力を探る』日本文芸社、2003年1月、ISBN 978-4537251319)も同じ3人の影響を重要視している。今村仁司、三島憲一、鷲田清一、野家啓一、矢代梓らの共著(『現代思想の源流』講談社、2003年6月11日、ISBN 978-4062743518)ではニーチェ、マルクス、フロイト、フッサールの4人が取り上げられている。小阪修平は現代思想を取り扱ううえで前置きとしてニーチェ、フロイト、ソシュールについて述べている(小坂修平『図解雑学 現代思想』ナツメ社、2004年4月7日、ISBN 4-8163-3682-6)。

出典

  1. ^ "UNDERSTANDING QUINE'S THESES OF INDETERMINACY" by Nick Bostrom Retrieved September 7, 2009
  2. ^ Brian Leiter, "The last poll about philosophers for awhile--I promise!" [1] (March 7, 2009) and "So who *is* the most important philosopher of the past 200 years?" [2] (March 11, 2009), Leiter Reports: A Philosophy Blog.
  3. ^ 1982. Wittgenstein on Rules and Private Language: an Elementary Exposition. Cambridge, Mass.: Harvard University Press. ISBN 0-674-95401-7. Sets out his interpretation of Wittgenstein aka Kripkenstein.
  4. ^ "Let's Settle This Once and For All: Who Really Was the Greatest Philosopher of the 20th-Century?" Retrieved on July 29, 2009
  5. ^ "David K. Lewis" - Princeton University Department of Philosophy Retrieved on September 7, 2009
  6. ^ "Thomas Kuhn" at the SEP Retrieved on September 7, 2009
  7. ^ "Philosophy: John Rawls vs. Robert Nozick" Retrieved September 7, 2009
  8. ^ "Distributive Justice" at SEP Retrieved December 18, 2009
  9. ^ "Robert Nozick (1938-2002)" at the Internet Encyclopedia of Philosophy Retrieved September 7, 2009
  10. ^ "Robert Nozick" at IEP Retrieved January 5, 2010
  11. ^ "The Virtues of Alasdair MacIntyre"Retrieved on September 7, 2009
  12. ^ "Virtue Ethics" at SEP Retrieved on September 7, 2009
  13. ^ "Political Philosophy of Alasdair MacIntyre" at IEP.com Retrieved December 22, 2009






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