片腕 (小説) 片腕 (小説)の概要

片腕 (小説)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/09 13:39 UTC 版)

片腕
訳題 One Arm
作者 川端康成
日本
言語 日本語
ジャンル 短編小説
発表形態 雑誌連載
初出情報
初出新潮1963年8月号 - 11月号、1964年 1月号
刊本情報
出版元 新潮社
出版年月日 1965年10月5日
装幀 東山魁夷
ウィキポータル 文学 ポータル 書物
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発表経過

1963年(昭和38年)、雑誌『新潮』8月号から(12月号は欠載)、翌年1964年(昭和39年)1月号にかけて5回にわたり連載された[5][6]。単行本は1965年(昭和40年)10月に新潮社より刊行された[5][6]。なお、単行本刊行に際して、初出に書かれてあった〈三十三歳の私〉という文言が削除された[5]

翻訳版はエドワード・サイデンステッカー訳の英語(英題:One Arm)をはじめ、オランダ語(蘭題:De arm)、韓国語(韓題:한쪽팔)、イタリア語(伊題:Il braccio)、ドイツ語(独題:Ein Arm)、スペイン語(西題:Une brazo)など世界各国で出版されている[7]

あらすじ

「片腕を一晩お貸ししてもいいわ」と娘は、右腕を肩からはずし、「私」の膝に置いた。その若い娘の袖なしの服の肩や腕を「私」がきれいだと思っているのに気づき、娘は片腕を貸してくれたのだった。雨もようのの夜、「私」は大事に外套の中に娘の腕を抱きアパートに帰った。

「私」は、娘の片腕をベッドの上に置いてくつろぎ、娘の腕と会話し戯れながら、以前関係した女たちのことを思い出したりした。ベッドに入り、「私」はゆかたをひらいた胸に娘の腕を添寝させた。娘の手首のと「私」の心臓の鼓動が一致してきて、片腕は安らかに眠った。

「私」は枕元の明りをつけ、娘の腕をしみじみ眺め、「これはもうもらっておこう」と無意識につぶやき、うっとりしたまま自分の右腕を肩からはずして、娘の腕とつけかえた。だが娘の腕が自分の感覚として感じられず、「遮断と拒絶」があった。「私」が娘の腕に、「血が通うの?」と訊くと、「“女よ、誰をさがしているのか”というの、ごぞんじ?」と娘は聖書の言葉を言った。娘は夜中に目が醒めるとこの言葉をよくささやくのだという。

娘の直角に曲げた小指と薬指の一辺でできた四角の窓から、「私」は「たまゆらの幻」を見た。娘は、「私」の過ぎた日のあこがれやかなしみの幻を消しにきたと言った。やがて娘の腕の感覚が自分の知覚になってきて「遮断と拒絶」がなくなった。自分のような汚濁の男の血が娘の腕に入っては、元の娘の肩にもどる時に支障がないか「私」は心配になったが、いつのまにか、そのままうっとりと深い眠りに堕ちた。

突然、横腹に触る「不気味なもの」に驚いた「私」は、「ああっ」と叫んで飛び起き、ベッドに落ちている「私」の右腕を見て戦慄する。次の瞬間、「私」は「魔の発作の殺人」のように、娘の腕を自分の肩からもぎ取り、「私」の右腕とつけかえていた。

動悸がしずまるにつれ、「私」は「自分のなかよりも深いところ」から悲しみが噴き上がるのを感じた。投げ捨てられた娘の片腕は、手のひらを上向けて指先も動いていなかった。動転した「私」は娘の片腕を拾い、「生命の冷えてゆくいたいけな愛児」のように抱きしめ、娘の指を唇にくわえた。その爪と指先のあいだから、「女の露が出るなら……」と思いながら。

登場人物

中年あるいは初老らしき孤独な男。エレベーターのあるアパートメントの3階の部屋に1人住まい。テーブルの花瓶に泰山木の花を飾っている。今まで、年上の男馴れした女や、自分に身をまかせる前に唐突に聖書の言葉(ラザロの死を悲しむイエスの場面)を言う異常な娘などと付き合ったことがある。
若い娘。まだ純潔さを失ってない清純で優雅な円みのある肩から腕の流れをもつ娘。乳房にかかるほどの長い黒髪。自分の右腕を「私」に一晩貸す。右腕と別れるとき少し涙ぐむ。母親の形見の指輪をしている。
車の女
朱色の服の若い女。「私」が娘の片腕を懐に入れ、アパートへ帰る途中の道路で見かけた車の中の女。車のライトは薄。「私」の方を向いて会釈する。

注釈

  1. ^ 三島はこれを、第1回分だけで完結だと思い込んだ自分自身も、「しらずしらず女の片腕をつかまされてゐたのかもしれない」とユーモラスに表現している[1]

出典

  1. ^ a b c d e f g 「解説」(眠れる文庫 1991, pp. 213–219)。三島34巻 2003, pp. 601–606に所収
  2. ^ a b c d 筒井康隆「コラム――漂流 本から本へ」(朝日新聞 2010年03月14日号)。「第四章 作家になる――川端康成『片腕』」(筒井 2011, pp. 157–168)
  3. ^ a b c d e f g 大久保 1983
  4. ^ a b c d e f g h i j 原善「『片腕』論―そのフェティシズムの構造を中心に―」(川端文学研究会編『川端文学への視界』教育出版センター、1965年1月)。「『片腕』論」として原善 1987, pp. 112–141に所収
  5. ^ a b c d e 福田淳子「片腕」(事典 1998, pp. 102–104)
  6. ^ a b 「解題――片腕」(小説8 1981, pp. 607-)
  7. ^ 「翻訳書目録――片腕」(雑纂2 1983, pp. 653–654)
  8. ^ 川端康成「あとがき」(『古都』新潮社、1962年6月25日)。古都文庫 2010, pp. 267–270再録。評論5 1982, pp. 660–662に所収
  9. ^ 「『眠れる美女』の妖しさを求めて」(アルバム川端 1984, pp. 82–85)
  10. ^ a b c d e f g 河村政敏「『片腕』試論」(作品研究 1969, pp. 324–336)
  11. ^ a b 「第十章 荒涼たる世界へ――〈魔界〉の終焉 第二節 同時期掌編群十一編」(森本・下 2014, pp. 404–408)
  12. ^ 「故園」(文藝 1943年5月号-1945年1月号)。小説23 1981, pp. 473–544に所収。基底 1979、田中保隆「故園」(作品研究 1969, pp. 189–204)に抜粋掲載
  13. ^ 少年」(人間 1948年5月号-1949年3月号)。小説10 1980, pp. 141–256に所収
  14. ^ 「美について」(婦人文庫 1950年12月号)。随筆2 1982, pp. 428–430に所収
  15. ^ 進藤純孝母胎希求序説―川端康成(I)―」(文學界 1964年6月号)。事典 1998, p. 102に抜粋掲載
  16. ^ 中村光夫三好行雄の対談「川端康成の人と文学」(国文学 1970年2月号)。事典 1998, p. 103に抜粋掲載
  17. ^ 武田勝彦「第13章」(『川端康成と聖書』教育出版センター、1971年7月)。森本・下 2014, pp. 380–381、事典 1998, p. 103に抜粋掲載
  18. ^ 「第十章 荒涼たる世界へ――〈魔界〉の終焉 第一節 閉ざされた空間『片腕』」(森本・下 2014, pp. 379–403)
  19. ^ 「永遠の旅人――川端康成氏の人と作品」(別冊文藝春秋 1956年4月・51号)。三島29巻 2003, pp. 204–217に所収
  20. ^ 「文学的自叙伝」(新潮 1934年5月号)。評論5 1982, pp. 84–99、一草一花 1991, pp. 246–264に所収
  21. ^ 「川端康成と心霊学」(国語と国文学 1970年5月号)。基底 1979, pp. 294–335に所収
  22. ^ 中河与一「川端に於ける神秘主義」(『川端康成全集第1巻 伊豆の踊子』月報 新潮社、1959年11月)。怪談傑作選 2006, pp. 372, 378–379
  23. ^ a b 東雅夫「心霊と性愛と」(怪談傑作選 2006, pp. 369–380)
  24. ^ 恒川茂樹「川端康成〈転生〉作品年表【引用・オマージュ篇】」(転生 2022, pp. 261–267)


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