数値解析 概要

数値解析

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/09 03:28 UTC 版)

概要

数値解析の目標は、難しい問題への近似解を与える技法の設計と解析である。この考え方を具体化するため、次のような問題と手法を挙げる。

  • 気象予報には、高度な数値計算手法が不可欠である。
  • ロケットの軌道を計算するためには、常微分方程式の高精度な数値解が必要となる。
  • 自動車会社は自動車事故での安全性を向上させるため、衝突のコンピュータシミュレーションを行っている。そのようなシミュレーションには、偏微分方程式の数値計算が不可欠である。
  • ヘッジファンドは様々な数値解析ツールを駆使し、他の市場参加者よりも正確に株やデリバティブの価値を計算しようとする。
  • 航空会社は、チケット価格設定、航空機や乗務員のスケジュール設定、燃料補給のスケジュール設定などに洗練された最適化アルゴリズムを利用する。この分野はオペレーションズ・リサーチとも呼ばれる。
  • 保険会社はアクチュアリー分析に数値解析プログラムを利用する。

歴史

数値的手段による解析のための計算は、コンピュータの発明以前から多くの国々で行われていた。線型補間は2000年以上前から行われている。ニュートン法ラグランジュ補間ガウスの消去法オイラー法などの名称からも分かるように、歴史上の偉大な数学者の多くが数値的手段による解析にも注力した[4]

計算を能率化しまた計算の誤りをなるべく減らすために、公式や数表を掲載した印刷物である数表が作られた。例えば関数値を小数点以下16桁まで与える数表を使って、必要に応じて補間を行うことで、関数の精度の良い近似値を得ることができた。この分野での典型的な業績の例として、アブラモビッツ英語版ステガン英語版の編集したNISTの書籍などが挙げられる(通称“Abramowitz and Stegun”。これは1000ページを超えるもので、典型的な公式、計算式、近似式や関数の数表やグラフなどを多数集めている。コンピュータが利用可能になった後には数表そのものは(関数値のルーチンを作る作業者が計算値の検証に使う場合を除いて)あまり役に立つ機会がなくなったが、公式、計算式、近似式が多く集められており、今日でも数値計算分野にとっては有用性がある)。

機械式計算機やリレー式のデジタル計算機も計算のツールとして開発された。そのような計算機が1940年代に電子式のコンピュータへと進化した。デジタル式のコンピュータは数値の計算以外にも使える機材であるが、例えばENIACの開発目標は、高速な数値計算を行うための機械の実現であった。その後はさらに複雑な計算がより高速に行えるようになっている。(計算機械にはデジタル式以外にもアナログ方式のものがある。例えば計算尺は一種のアナログ式の計算デバイスであるし、機械式や電気式、電子的のアナログ方式のコンピュータもデジタル方式のコンピュータが低価格となりごく当たり前になる以前には良く用いられていた。アナログ方式の弱点は、素子の物理的な特性から決まる誤差やノイズによりある程度以上の高精度な計算を行うことが困難であることや、動作を決めるためのプログラミングは機構や回路そのもので実現するので、ストアドプログラミング方式が実現容易なデジタル方式と違って変更が素早くできないので、用途が専用機械になりがちなことである。)

直接解法と反復解法

直接解法と反復解法

次の式を x について解くことを考える。

3x3+4=28
直接解法
3x3 + 4 = 28
4を引く 3x3 = 24
3で割る x3 = 8
立方根を求める x = 2

反復解法では、f(x) = 3x3 + 4 に二分法を適用する。初期値として a = 0 と b = 3 を使うと、f(a) = 4、f(b) = 85 である。

反復解法
a b mid f(mid)
0 3 1.5 14.125
1.5 3 2.25 38.17...
1.5 2.25 1.875 23.77...
1.875 2.25 2.0625 30.32...

ここまでで、解は 1.875 と 2.0625 の間にあるとわかる。このアルゴリズムでは、誤差 0.2 未満でこの範囲にある任意の値を返す。

離散化と数値積分

2時間のレースで、自動車の速度を3回測定した結果が次表のようになっている。

時間 0:20 1:00 1:40
km/h 140 150 180

離散化とは、この場合、0:00 から 0:40 までの自動車の速度が一定とみなし、同様に 0:40 から 1:20 までと、1:20 から 2:00 までも一定とみなすことである。すると、最初の40分の走行距離は約 (2/3h x 140 km/h)=93.3 km となる。したがって、全走行距離は 93.3 km + 100 km + 120 km = 313.3 km と見積もられる。これがリーマン和を使った一種の数値積分である(走行距離は速度の積分であるため)。

悪条件問題: 関数 f(x) = 1/(x − 1) を考える。f(1.1) = 10 で f(1.001) = 1000 である。x が 0.1 の範囲内で変化したとき、f(x) は約1000も変化する。この f(x) の x = 1 での評価は悪条件問題である。

良条件問題: 対照的に関数 は連続であるため、その評価は良条件である。

直接解法は、問題の解を有限個のステップで計算する。その解は、演算精度が無限ならば正確である。例えば、線型方程式系を解くガウスの消去法QR分解線形計画問題シンプレックス法などがある。実際には有限な浮動小数点数が使われるため、得られる解は近似値となる。

これに対して反復解法は一定のステップ数で完了するとは限らない。ある初期予測値から開始して、反復的に計算を行って徐々に解に収束させていく。一般にこの場合、たとえ無限の精度で計算したとしても、有限回の反復では正確な解にたどり着くことはない。例として、ニュートン法二分法ヤコビ法などがある。数値線形代数の大規模な問題には、反復解法が一般に必要とされる[5][6][7][8][9][10]

数値解析では、反復解法が直接解法よりも一般的である。いくつかの手法は基本的には直接解法だが、GMRES法共役勾配法などのように、反復解法として使うことも多い。これらの技法では厳密解を得るために必要なステップ数が大きくなるため、反復解法として近似解を利用する。

離散化

さらに、連続問題を近似的に離散問題に置き換えて解くことが必要になる。この置き換え操作を「離散化(discretization)」という。たとえば、微分方程式を解く場合が挙げられる。数値的に微分方程式を解くためには、データの数が有限でなければ現実には扱うことができない。そこでたとえば微分方程式の定義領域が連続なものであっても、そのなかから有限個の点を適切に代表点として選び、元の微分方程式をそれらの点での値についてだけの関係に置き換えて扱う。


注釈

  1. ^ ピタゴラスの定理によれば、各辺が2メートルの正方形の対角線の長さは メートルとなる。
  2. ^ これは という方程式についての不動点反復法である。この方程式の解には もある。 なので、反復は常に右方向に向かう。そのため、 では収束するが、 では発散する。
  3. ^ 特殊関数の値を求める方法、零点を求める方法も盛んに研究されており、[19]が詳しい。

出典

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