大鴉
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大鴉 The Raven | |
---|---|
作者 | エドガー・アラン・ポー |
国 | アメリカ合衆国 |
言語 | 英語 |
ジャンル | 物語詩 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
初出情報 | |
初出 | 『イブニング・ミラー』1845年1月29日 |
刊本情報 | |
収録 | 『The Poetical Works of Edgar Allan Poe: With Original Memoir』 |
出版元 | Sampson Low(ロンドン) |
出版年月日 | 1858年 |
挿絵 | ジョン・テニエル |
日本語訳 | |
訳者 | 佐藤一英 |
ウィキポータル 文学 ポータル 書物 |
ポーは『大鴉』は極めて論理的かつ整然と書かれたものだと述べている。翌1846年に発表したエッセイ『構成の原理』(en:The Philosophy of Composition)の中で、ポーは、批評家、一般読者両方の嗜好に訴えることのできる詩を作ることを意図したと解説した。この詩はチャールズ・ディケンズの小説『バーナビー・ラッジ』に出てくる人間の言葉を喋る大鴉に一部着想を与えられたのではないかと言われている[3]。その複雑な韻律(rhythm 及び meter)は、エリザベス・バレット・ブラウニングの詩『Lady Geraldine's Courtship』から借用したものである。
「イブニング・ミラー」紙(en:New York Mirror)に掲載された『大鴉』のため、ポーはまたたくまに有名になった。『大鴉』はすぐに各紙に再掲載され、挿絵もつき、パロディも生まれた。その価値については異議を唱える批評家もいるものの、これまで書かれた有名な詩の1つであることに変わりはない[4]。
あらすじ
「 |
Once upon a midnight dreary, while I pondered, weak and weary, |
」 |
『大鴉』の冒頭、名前のない主人公は恋人レノーアを失ったことを忘れようと、忘れられた古い伝説を座って読んでいる。そこに部屋の扉を叩く音がする。扉を開くが誰もいない。主人公の魂は刺激されてひりひりする。そこへ先程より僅かに大きな音が窓の方でする。調べに行くと大鴉が部屋の中に入ってくる。大鴉は主人公を気にもとめず、パラスの胸像の上で羽根を休める。
主人公は大鴉の重々しい様が面白くて、戯れに大鴉に名前を聞く。すると大鴉が「Nevermore(二度とない)」と答える。大鴉はそれ以上何も言わないが、主人公は大鴉が人の言葉を喋ったことに驚く。主人公は、それまで友人たちが希望と一緒に飛び去って行ったように「友」たる大鴉も自分の人生からまもなく飛び立とうとしていると呟く。すると大鴉はそれに答えるかのように、再び「Nevermore」と言う。主人公はその言葉は、おそらく前の飼い主が不幸だったから覚えたもので、大鴉はそれしか喋れないのだと確信する。
それでも主人公はもっと話してみたいと思い、大鴉の方を向き、暫らく何も言わずに考える。主人公の心は失われた恋人レノーアの元に再び戻って行く。主人公は部屋の空気が濃くなって、天使がいるように感じる。主人公はその連想に腹を立てて、大鴉を「邪悪なる存在」「予言者」と呼ぶ。主人公がわめき散らす度に大鴉は「Nevermore」を繰り返す。最後に主人公は大鴉に、天国でレノーアと再会できるかを尋ねる。大鴉がまたしても「Nevermore」(二度とない)と答えると、主人公は叫び声をあげ、大鴉に冥界の岸に戻るよう命令する。しかし、大鴉は動かない。おそらく主人公がこの詩を詠んでいる時にも(冒頭が過去の回想のようにはじまる)、大鴉はパラスの胸像の上にじっとしている。主人公は最後、大鴉の影の下に魂を閉じこめられ「Nevermore」と叫ぶ事しかできなかった。
分析
ポーは、アレゴリー(抽象を具体化する技法の一つ)を仕掛けたり、教訓に落とし込むことを意図的にせずに、物語体としてこの詩を書いた[2]。この詩の主題は一つの不滅の献身である[5]。主人公は忘れたい欲求と忘れたくない欲求との狭間で天邪鬼な体験をする。主人公は失ったことに考えを絞ることで、幾分喜びを得たように見える[6]。主人公は「Nevermore」が大鴉の唯一喋れる言葉であるとわかり、答えを知りながらも、質問を続ける。主人公の質問は故意に卑下したものであり、失った感情をより強くするものである[7]。ポーは大鴉が実際に主人公の言うことを理解しているのか、主人公に何らかの反応を起こさせる意図があるのかについて、曖昧にしている[8]。主人公は大鴉に繰り返しNevermoreといわれ続ける中で、精神は崩壊し、疲れ、悲しみ、うちひしがれ、最後には発狂する[9]。
暗喩
主人公が学生のようだ
ポーは主人公は若い学生だと言っている[10]。『大鴉』の中で具体的にそう叙述されているわけではなく『構成の原理』の中でそう言っているのだが、それは主人公が読んでいる本(古い伝説)や、大鴉が止まり木にするパラス・アテーナーの胸像でも暗示されている[1]。
大鴉という鳥
大鴉は、実在するワタリガラスというカラスの一種で、北半球の高緯度地域に分布する。古くからヨーロッパ人はこの鳥を描いており、北欧神話などにも登場する。また、北アメリカ太平洋北西沿岸(カナダ太平洋岸~南東アラスカ)の先住民の昔話、神話に多く登場し、トーテムポールの主要モチーフになっている。
主人公は、古い伝説の本を読んでいると考えられる。ポーの短編『リジイア』(en:Ligeia)に暗示されている研究と同じく、オカルトや黒魔術に関係するものを含んでいるかも知れない。それはポーが『大鴉』の舞台を、暗黒の力がとくに活発だと言われる12月に設定していることにも現れていると考え、悪魔の鳥と言われる大鴉を使ったのもまたその暗示であるとの説明がされることがある[11]。悪魔のイメージは主人公が大鴉を夜の冥界の岸からきた存在、つまり、死後の世界からの使者、ローマ神話の冥界の神[6]プルートー(ギリシア神話ではハーデース)のものと信じていることでも強調されている[6]。
ポー自身は、大鴉は「死者を悼む、終わりなき追憶」を象徴していると言ったとされる[12]。ポーが物語の象徴として大鴉を選んだのは、喋ることが出来ない生き物を喋らせる不合理によって、この詩の明暗を強調する効果を期待したためとされる[13]。ポーがチャールズ・ディケンズの『バーナビー・ラッジ』に出てくるグリップと名づけられた大鴉に着想を得たと考える者もいる[14]。実際『バーナビー・ラッジ』のある場面はポーの『大鴉』とそっくりであり『バーナビー・ラッジ』の第5章の最後で、大鴉グリップは騒がしい音を立てる。誰かが「あれは何だ。ドアを叩くのは彼?」と言うと「あれは鎧戸を静かに叩く誰か」という答えが返ってくるという描写がある。[15] 。ディケンズの大鴉はたくさんの言葉を喋ることができ、シャンパンのコルク栓をポンと鳴らしたりと、滑稽な役割を担っているが、一方でポーの描いた大鴉は、より単純で演出としての性格が強い。ポーは以前「グレアムズ・マガジン」誌に『バーナビー・ラッジ』の書評を書いたことがあって、その中で、大鴉はもっと象徴的で予言者的な目的のために仕えているはずだ、と書いている[16]。ポーの『大鴉』とディケンズの『バーナビー・ラッジ』の類似性はしばしば注目され、たとえばジェームズ・ラッセル・ローウェル(en:James Russell Lowell)は『A Fable for Critics』の中で次のような詩を書いている。「ポーがやってきた、連れてきたのは大鴉、『バーナビー・ラッジ』そっくりだ。3/5は彼の天才、2/5は全くのでっち上げ」[17]。
ポーは神話や伝承に出てくる、さまざまな大鴉への言及を活用したとの説明もされる。北欧神話の主神オーディンは「思考」と「記憶」を意味するフギンとムニンという名前の2羽の大鴉を飼っているし[18]、旧約聖書の『創世記』の中では大鴉は凶兆の鳥と信じられている[13]。ヘブライの伝承によると、大洪水を逃れたノアは、ノアの方舟から洪水の状況を調べるために白い大鴉を飛ばしたが、知らせを持ってすぐに帰ってこなかった。そのため、罰として大鴉は体を黒く変えられ、永遠に腐肉を食べる身にさせられた。オウィディウスの『変身物語』でも、大鴉は最初は白かったが、アポローンに罰せられて黒く変えられる。その理由は、恋人の不貞のメッセージを届けたからである。ポーの『大鴉』における使者の役割はそうした物語から作られたのだろうという説明がされる[18]。
ギリヤドの香油
ポーはさらに、聖書の『エレミヤ書』に出てくる「ギリヤドの香油」(en:Balsam of Mecca)[注釈 1]についても言及している。「ここにはギリヤドの香油はないのか?」と主人公は大鴉に聞く。ギリヤドの香油は医療の目的に使われる天然樹脂で、もしかすると、主人公がレノーアを失ったことから癒しを求めていることを暗示しているのかも知れない。主人公がレノーアが天国に召されたかどうかを聞くところでは、「Aidenn」(エデンの園=Garden of Edenの別名)について言及したり、別の箇所では、主人公は熾天使が部屋に入ってきたと空想したりする。主人公は熾天使たちが、ホメーロスの『オデュッセイア』に出てくる忘れ薬ネペンテス(悲しみや苦痛を忘れさせる)を自分に使わせることで、レノーアの記憶を追い払おうとしているのだと考えられる。
詩の構造
『大鴉』は各々6行の18のスタンザ(詩節、連)からできている。韻律は強弱八歩格(trochaic octameter)である。これは、アクセントの強い音節の次にアクセントの弱い音がくるトロカイオス(強弱格)という韻脚を1単位として、それを8つ重ねたものが1行になるというものである。第1行で説明すると次のようになる(太字は強勢、「/」は韻脚の区切り)。
- Once up- / on a / mid-night / drear-y, / while I / pon-dered / weak and / wear-y
しかしポーは『大鴉』は完全な八歩格、不完全な七歩格、不完全な四歩格の組み合わせだと主張した[10]。押韻構成はABCBBBで、中間韻(en:Internal rhyme)(具体的にこの詩では「dreary」と「weary」。「Once upon」と「while I pon-」)と頭韻法(「Doubting, dreaming dreams...」)の使用は重厚さをもたらしている[19]。20世紀のアメリカの詩人ダニエル・ホフマン(en:Daniel Hoffman)は、『大鴉』の構成と韻律は大変紋切り型で不自然なものであるが、その催眠術的な特質はそれを凌駕していると示唆している[20]。
ポーは、エリザベス・バレット・ブラウニングの詩『Lady Geraldine's Courtship』の複雑な押韻と韻律(リズム)を『大鴉』の基本とした。ポーは『ブロードウェイ・ジャーナル』(en:Broadway Journal)1845年1月号にバレットの作品評を書いていて、そこで「彼女の詩的霊感はとても高度だ……我々は威厳を感じる以外に何も考えられない。彼女の美的感覚はそれ自体の中で純粋だ」と書いている。さらに『Lady Geraldine's Courtship』についても「私はこれまで、これほど激烈な熱情と、これほど繊細なイマジネーションを結びつけた詩を読んだことがない」と書いている[21]。
注釈
- ^ en:wikisource:Bible_(King_James)/Jeremiah#8:22 ウィキソース『エレミアの書』8:22(英語)
- ^ en:File:Poe-Elder-Raven-Mad-1954.png
出典
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