大雁塔 大雁塔の概要

大雁塔

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/03 05:43 UTC 版)

大雁塔
ユネスコ世界遺産
大雁塔
登録名R06–CN Great Wild Goose Pagoda
所在地中華人民共和国陝西省西安市雁塔区
所属シルクロード:長安-天山回廊の交易路網
登録区分(ii), (iii), (v), (vi)
参照1442
登録2014年(第38回委員会)
座標北緯34度13分11秒 東経108度57分34秒 / 北緯34.219842度 東経108.959354度 / 34.219842; 108.959354座標: 北緯34度13分11秒 東経108度57分34秒 / 北緯34.219842度 東経108.959354度 / 34.219842; 108.959354
中華人民共和国における大雁塔の位置
大雁塔
中国語 大雁塔
発音記号
標準中国語
漢語拼音Dàyàn tǎ
IPA[tɑ̂ jân tʰɑ̀]
粤語
イェール粤拼Daaih-ngaahn taap
IPA[tàːi ŋàːn tʰāːp̚]
粤拼Daai6-ngaan6 taap3
閩南語
台湾語ローマ字Tuā-gān thah

名前は、菩薩の化身としての群れから地上に落ちて死んだ1羽を、塔を建てて埋葬したことに由来する。当初は5層の塔で、玄奘自ら造営に携わったと伝えられる。各階に仏舎利がおさめられ、経典は上層部の石室に置かれた。塔の南門には(褚遂良書)の筆による碑が置かれた。しかし、表面を磚に覆っただけで土で造られていたため、50年程で倒壊してしまった。そのため、長安年間(701年 - 705年)、武則天の統治時代に、全てで造られた10層の塔が建てられた[1]。これで上まで登れるようになった。この様子は、杜甫岑参といった詩人たちによって、詠まれている。

唐時代に進士試験の合格者がここで名を記したことから、「雁塔題名」の成語も生まれた。後に宰相になった場合、その名は朱色に書き換えられた。また、訪れるものに自分の名を書くものもあり、唐代の詩人の李商隠の名が残っている。また、日本から訪れた円仁も登ったことがあった。

その後、北宋熙寧年間(1068年 - 1077年)に火事に罹災し、1556年華県地震では頭頂部が崩落し現在のような7層の塔に改修された。中華人民共和国成立後にも修復工事が行われた。

第1層には、仏菩薩の線刻画や、「大唐三蔵聖教序」(褚遂良書)及び、高宗撰の序記の2石碑が見られる。また、寺中には、王維呉道玄らの絵画も収蔵されている。

2014年に「シルクロード:長安-天山回廊の交易路網」の一部として世界遺産に登録された。中国の5A級観光地(2011年認定)でもある[2]。現在でも、最上層まで登ることが可能である。




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