加山雄三 経歴

加山雄三

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/16 14:40 UTC 版)

経歴

父は俳優の上原謙(池端清亮)、母は女優の小桜葉子[2](池端具子)。妹は池端亮子。母方の高祖父は明治元勲岩倉具視[2]である。

神奈川県横浜市神奈川区幸ヶ谷の家に生後8か月まで、次の東京都大田区田園調布には1歳9か月までいた[2]。幼少期に大腸カタルを患い病弱だったため、子煩悩な父・上原謙は息子のために、自然環境の良い神奈川県茅ヶ崎市へ引っ越した。加山が覚えているのは、この茅ヶ崎の家からである[2][4]。海と茅ケ崎駅の中間辺りにあって平屋日本家屋だった[2]。お手伝いさんは必ず2人はいた[2]。茅ヶ崎市の実家には31歳で結婚するまで過ごした。

茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校茅ヶ崎市立第一中学校を卒業[5]。高校受験の季節になり、志望校として都立日比谷高早稲田実業慶應義塾高三校の学校見学に行き、プールが日吉と三田に二つあること、なんとなく伸び伸びした校風が自らに合っていることを理由に慶應高校のみを受験することにした。受験校を決めてからの半年間は、英数国主要3科目にそれぞれ家庭教師を付けていたことに加え、例えば一日に英単語200個を暗唱したように猛勉強し、合格をつかみ取った[6]。慶應高時代にはボクシングやバンドなどを始め、また冬の季節になると海から山に興味関心が湧き移りスキーを始めた。後の慶應大学時代の1959年には、スキーで念願の国体蔵王大会に出場した[6]

慶應義塾大学法学部政治学科卒業後の1960年春に東宝へ入社。同年『男対男』で映画デビュー。当時、同じく有楽町にあった渡辺プロにも一時期在籍。

1961年、「夜の太陽」で歌手デビュー。NHKNHK紅白歌合戦』出場17回。代表曲多数。後のフォークソングニューミュージック全盛時代に先立つ、日本におけるシンガーソングライターの草分け的存在であり、また日本ではじめて多重録音を手がけた歌手でもある。

ソングライターとしてのペンネームは、加山が尊敬している團伊玖磨山田耕筰を足して2で割った弾厚作(だんこうさく/ドン・コサック)であり、同名義で作曲(稀に作詞もある)している。

1964年6月10日日刊スポーツに『波乗り日本第一号 加山雄三 サーフボード作る』と載る。

1965年12月に映画『エレキの若大将』主題歌として発売された「君といつまでも」は350万枚の大ヒットになり、1966年第8回日本レコード大賞の大本命とされていたが、結局大賞は同曲に比べ売り上げ面で劣る橋幸夫の「霧氷」が受賞することとなり、「君といつまでも」は特別賞に留まる。

俳優としてはそれまでの宝田明に代わって東宝の若手看板スターとして大活躍、娯楽映画の『若大将シリーズ』が大ヒットし代表作となるが、一方で黒澤明成瀬巳喜男岡本喜八といった名匠の作品にも多く出演している。ブロマイドは女学生を中心に爆発的な売れ行きを記録した。

1965年、神奈川県茅ヶ崎市にパシフィックホテル茅ヶ崎を開業[7]1967年に運営会社「日本観興開発(後に株式会社パシフィック・ジャパンに改称)」取締役に就任。しかし、パシフィック・ジャパンは1970年3月に23億円の負債を抱え倒産、ホテルは18億円で売却され、監査役だった加山は、父の上原と共に巨額の債務を抱えた。加えて、女優松本めぐみとの結婚が世間を騒がせ、1969年の『フレッシュマン若大将』以降低迷した同シリーズが1971年に終了、映画出演の減少もあいまって、かつてない不遇の時代を迎える。ナイトクラブ、キャバレー回りをするも、ギャラはほぼ全額借金の返済に充てられ質素な生活へと追い込まれるが、10年で完済した。

その後、活動の主軸をテレビに移し『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』(NET→テレビ朝日系)を始めとするバラエティ番組、『江戸の旋風』『大追跡』『ぼくの妹に』などのテレビドラマやドラマの挿入歌である「ぼくの妹に」のヒットで徐々に息を吹き返す。加えて「理想の父親」と呼ばれるほど世間からの好感が高く、ヤマザキナビスコのクラッカー「プレミアム」で家族全員でCM出演をする程、「理想の家族」としても認知度が高い。1990年前後の時点では本業は俳優であると述べていたが、21世紀に入ってからは俳優活動は殆ど行なっておらず、歌手としての活動がメインになっている。

1974年1月5日、北海道のルスツスキー場雪上車が突然滑り出す事故に巻き込まれ左肩を骨折[8]

1986年 - 1988年に『NHK紅白歌合戦』で白組司会(1986年は「キャプテン」名義)を3年連続で務めた。1986年の『第37回NHK紅白歌合戦』では、白組のトップバッター少年隊の「仮面舞踏会」を、誤って「仮面ライダー」と紹介してしまったこともある。

1991年12月28日新潟県南魚沼郡湯沢町加山キャプテンコーストスキー場を開業。2010年 - 2011年シーズンまで営業したが、2011年に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)の影響や若者のスキー離れなどによる経営資金調達困難などが影響し、2011年7月に閉鎖を決めた[9]

1993年にアメリカのMosrite(モズライト)社よりマリンブルーと『若大将シリーズ』でおなじみだった白の2色にファズを搭載した加山雄三モデルギターが発売された。

1994年ザ・ワイルドワンズ島英二に声をかけられて、仲間内で久しぶりにエレキを弾いてベンチャーズごっこをやっていたところ、事務所の社長の鶴の一声がきっかけで「加山雄三&ハイパーランチャーズ」を結成。

1997年4月23日、加山の60歳の誕生日を記念したトリビュートアルバム『60 CANDLES』が発売。レコード会社の垣根を越えた様々なアーティストが参加した。

1998年3月21日静岡県賀茂郡西伊豆町堂ヶ島に「加山雄三ミュージアム」開館。3代目「光進丸」が同町の安良里(あらり)漁港に係留されていた縁による。

2000年、Mosrite社よりパールブルーの加山雄三・芸能生活40周年記念モデルギターがハイパーランチャーズの「ハイパー」に語呂を合わせた818,000円で限定40本で発売され、即完売した。このモデルは前回のモデルと同様にファズが搭載されており、ヘッドがイニシャルのKにカットされ、指板にはLEDが組み込まれ、スイッチで光るようになっている。なお、アウトプット・ジャックは本体裏にあるなど、オリジナリティ溢れるものになっている。

2005年4月10日には新高輪プリンスホテルにて、「芸能生活45周年を祝う会」という盛大なパーティが開かれた。関連してヤマハより芸能生活45周年記念モデルギター「SG3KY」が限定45本で発売され、ハワイのセニーザ社(CENIZA)より、加山雄三・芸能生活45周年記念モデルのウクレレが、限定45本で発売された。

2006年3月3日4日東京文化会館の45周年と加山雄三の芸能生活45周年を祝うガラ・コンサート(祝典)が大ホールで行われた。同ホールは、クラシック音楽の殿堂・オペラの聖地として名高く、ポピュラー音楽が鳴ることはかつて無かったが、ポップス・シンガーとして初めてステージに上ったのが加山である。「加山雄三With大友直人 シンフォニック・ガラ・コンサート」で、千住明をはじめとする5人の編曲家によって加山サウンドをクラシックに蘇らせた。プロデューサーで構成・演出をしたのは 加山雄三の還暦の祝いに日本初のトリビュートアルバムをプロデュースした木﨑徹。彼は東京文化会館の音楽監督である大友直人の古くからの友人であったために革命的なコンサートが実現した。この模様はDVDになりリリースされている。

2006年8月26日、加山と同じく湘南というイメージや、茅ヶ崎出身の有名人として名の挙がるサザンオールスターズ桑田佳祐の呼びかけにより、『THE 夢人島 Fes.2006』に参加。桑田がバックバンドを務めた。また、茅ヶ崎ライブでの友情出演VTRにて、「茅ヶ崎ブラザーズの兄として…」と桑田との関係をお茶目に語っている。

2007年4月29日神奈川県茅ヶ崎市茅ケ崎駅北口のペデストリアンデッキに加山雄三の手形モニュメント(加山本人の手形および「海・その愛」という直筆の言葉が彫られたレリーフ)が設置され、服部信明茅ヶ崎市市長を始め、茅ヶ崎市関係者および市民が参列し、除幕式が盛大に執り行われた。

2010年5月19日、神奈川県茅ヶ崎市が加山雄三芸能生活50周年を祝い、加山に茅ヶ崎市民栄誉賞を贈呈することを発表した[10]

2011年第61回芸術選奨 文部科学大臣賞大衆芸能部門受賞[11]

2013年に行われた仙台の野外ロックフェス「ARABAKI ROCK ROCK FEST.2013」に出演したことをきっかけに、2014年にロックバンドTHE King ALL STARSを結成した。メンバーは加山の他に、キヨサク(上江洌清作)(MONGOL800)、佐藤タイジシアターブルック)、名越由貴夫(Co/SS/gZ)、古市コータローTHE COLLECTORS)、ウエノコウジthe HIATUS)、武藤昭平勝手にしやがれ)、高野勲、山本健太、タブゾンビ(SOIL&"PIMP"SESSIONS)、スチャダラパー

2014年7月 - 8月、77歳を記念しての大型イベント「若大将EXPO 〜夢に向かって いま〜」が東京で開催。若大将シリーズ等の映画上映やテレビ番組『若大将のゆうゆう散歩』で描いた絵画の展示イベント「心に残る1枚の風景画展」等が行われたほか、最終日となった8月23日には日本武道館にてコンサートが行われた。

2014年9月27日より、加山自身の最後の全国コンサートツアーとして、全国47都道府県53か所にて「若大将EXPO 〜夢に向かって いま〜」[12]を開催。2015年7月25日の東京・NHKホールで最終公演を迎え、加山は「歌をやめるわけじゃない。歌は生涯の親友。死ぬまで歌うけど、コンサートツアーには節目をつける」として、全国ツアーからは身を引くことを明らかにした。主な理由として「ほかのことをやりたいから。一つの夢として80歳になるまでに設計している船を完成させたい」[13]とし、かねてから公言している、自身の設計した災害救助船となるエコシップの建造を本格的に進めることも明かしている[13][14][15]

2014年秋の叙勲で旭日小綬章を受章[16]。現在は神棚に保管されている[17]。また、同時期に同郷で親交のある桑田佳祐も紫綬褒章を受賞しており、お互いの栄誉を褒め合ったという[18]

2017年4月11日、桑田佳祐原由子夫妻と山下達郎竹内まりや夫妻が発起人になりブルーノート東京を貸し切り80歳の誕生日会が実施される[19]。桑田夫妻・山下夫妻の他にも星野源と水谷千重子(友近)が参加した[20]

2017年6月、第8回岩谷時子賞を受賞[21]

2019年11月12日、軽い脳梗塞を発症したため同月のコンサートを延期することを発表[22]。19日、後遺症なく退院した[23]

2020年8月29日、水を飲んだ際の誤嚥から嘔吐し、自宅から病院に救急搬送されて入院[24]。咳き込んだことが原因で軽度の小脳出血を起こしていたことを9月2日に公表[25][26]。当面の治療専念を明らかにした[25]11月9日、退院[27]

2021年3月25日、この日放送のフジテレビ系のワイドショー『とくダネ!』で、MCの小倉智昭によるインタビューが放送され、久々のメディア出演となった。左半身の軽度の麻痺、軽度の言語障害があることを明したものの、「回復は70%」と明瞭に答え、自力でしっかり歩行している。また、このインタビューで、既に新曲のレコーディングを終えていることも明かしている。これは自宅倉庫で偶然に発見されたテープに収録された自作による未発表曲「紅いバラの花」で、84歳の誕生日である2021年4月11日に自身初のデジタルシングルとして配信リリース[28]


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  4. ^ このような事情もあり生地の横浜市を“出身地”とは言い難いため、「横浜市出身の人物」カテゴリではなく「神奈川県出身の人物」カテゴリに分類している。
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  7. ^ 実質的な経営者は加山の叔父(母・小桜葉子の弟)・岩倉具憲で、加山と父・上原謙が共同オーナーとなった(2010年7月17日付けスポーツニッポン掲載「我が道・加山雄三」より)
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  72. ^ “加山雄三、愛船・光進丸炎上は「人生のターニングポイント」胸中激白”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2018年6月11日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20180611-OHT1T50095.html 2018年6月11日閲覧。 
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  74. ^ ホテル自体は会社更生法が適用されおよそ17億円で売却された。その後ホテルは別の経営陣により1988年まで営業が続けられた(2010年7月17日付スポーツニッポン掲載「我が道・加山雄三」より)。
  75. ^ "デビュー60周年記念!加山雄三モニュメントが完成!". ちがさきナビ 観光情報. 茅ヶ崎市観光協会. 9 April 2021. 2021年4月25日閲覧
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  78. ^ 稲垣千駿 (2019年9月16日). “加山雄三さんが免許返納 テレビゲームで「衰え実感」”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). https://www.asahi.com/articles/ASM9J5FWTM9JUTIL00S.html 2019年9月16日閲覧。 
  79. ^ 加山雄三『終わりなき航路 加山雄三の人生』世界文化社、2000年、p184。
  80. ^ NHK総合 ファミリーヒストリー 「加山雄三~父の運命を変えた列車事故 若大将の真実~」
  81. ^ 斎藤明美『家の履歴書 男優・女優篇』197-198頁
  82. ^ “加山雄三がジュマンジ参戦に「幸せだなあ」、脳梗塞は「消えちゃった」”. 映画ナタリー. (2019年12月4日). https://natalie.mu/eiga/news/358072 2019年12月26日閲覧。 
  83. ^ 加山雄三、15年ぶり演技に感慨 斬られ役に初挑戦”. ORICON STYLE (2015年9月28日). 2015年9月28日閲覧。
  84. ^ 若大将50年!加山雄三50周年記念特設サイト(2014年4月18日時点のアーカイブ






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