伊達成実
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/26 07:48 UTC 版)
著書
- 『成実記』[10] - 成実の著書とされ、政宗の軍記と逸話集からなる。現在知られている最古の版は天和年間成立の『政宗記』で、現在『成実記』として通行しているものは、嘉永4年(1851年)の写本版(宮城県図書館所蔵)。
系譜
- 両親
- 正室:亘理御前(玄松院。亘理重宗の長女。生年不詳 - 文禄4年6月4日〈1595年6月30日〉)
- 女子(早世)
- 継室:岩城御前(仏性院。二階堂盛義の娘、岩城常隆未亡人。生年不詳 - 元和6年10月23日〈1620年11月7日〉)
- 養子:伊達宗実(伊達政宗の九男。喝食丸)
伊達稙宗 | 伊達晴宗 | 伊達輝宗 | 伊達政宗 | 伊達忠宗 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
岩城親隆 | 岩城常隆 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
岩城政隆 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
二階堂盛義 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
岩城御前 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
阿南姫 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
小僧丸 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
鏡清院 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
伊達成実 | 伊達宗実 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
伊達実元 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
女子 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
亘理元宗 | 亘理重宗 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
亘理御前 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
相馬盛胤 | 真如院 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
- 伊達政宗との続柄:成実から見ると政宗は、母方の「いとこ」(母の兄の子)、父方の「いとこちがい」(いとこ(父の兄の子)の子)にあたる。政宗から見ると成実は、父方の「いとこ」にして「いとこちがい」になる。
脚注
- 文献
- 『亘理町史』上巻(宮城県亘理郡亘理町、1975年)
- 佐藤貴浩「伊達領国の展開と伊達実元・成実父子」『戦国史研究』65号、2013年。
- ^ a b 当初の寺号は「雄山寺」であったが、正徳2年(1712年)に3代藩主・綱宗(雄山公)の法号「見性院殿雄山全威大居士」を避けて「大雄寺」に改称。同時に成実の法名も「大雄寺殿」に改められた。
- ^ 成実は亘理城に移ると、旧師の了山和尚を亘理に招き、慶長11年(1606年)には和尚のために、城下の上町に専念寺を建立した。
- ^ a b c d 延宝7年(1679年)「御知行被下置御帳」(佐々久編『仙台藩家臣録』(歴史図書社、1978)第1巻3~4頁所収)
- ^ 天文の乱により破談となった、越後上杉氏当主・上杉定実が成実の父・実元を養子として迎える話が実現していれば、景勝は実家・上田長尾氏の当主として成実に仕えていたはずであった。なお、現在伊達氏の紋として有名な「竹に雀」はもともと上杉氏の紋であり、この養子縁組の引出物として、名刀・宇佐美貞光と共に実元に贈られたものである。
- ^ 寛永21年(1644年)まで仙台藩では1反=360歩で計算(全国標準は1反=300歩)
- ^ 寛永総検地後の村割で高倉畑村が福田村に、釣師浜が谷地小屋村に編入されたことにより、宇多郡における仙台藩領の村数は11から9に減少している。
- ^ “伊達成実”. 亘理町観光協会. 2021年9月30日閲覧。
- ^ 「伊達政宗文書」1800・平成『仙台市史』資料編所収
- ^ “戦国合戦、勇壮に 伊達成実生誕450年記念し能「摺上」上演”. 道新web室蘭版 (2018年7月22日). 2018年7月25日閲覧。
- ^ 成実が晩年(寛永年間)に政宗の伝記として自ら著したとされているが、多くの異本が存在する上、題名も異なる『政宗記』・『伊達日記』や、さらには逸話部分を元にした『政宗公御名語集』などもあることから、これらの各本は編纂過程において成実自身が記した覚書(自筆稿本)からの摘録を下敷きにして脚色を加えたものと考えられており、今後のより一層の史料学的・書誌学的研究の進展が待たれる。
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