パルテノン神殿 彫刻

パルテノン神殿

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/30 23:49 UTC 版)

彫刻

アクロポリスの再建とアテナのアレイオス・パゴス、レオ・フォン・クレンツェ画、1846年
南側から見たパルテノン神殿。手前には大理石の平瓦と丸瓦があり、再建用に木枠の上に仮組みされた様子が見られる

ローマの六柱式(en)そして周柱式(en)を持ち、イオニア式の建築様式も備えるドーリア式神殿であるパルテノン神殿には、ペイディアスが製作し紀元前439年か翌年に献納されたアテーナー・パルテノスのクリスエレファンティン(彫像)(en)があった。当初、装飾の石の彫刻には彩色が施されていた[31]。神殿がアテーナーを奉るようになったのはこの頃からであるが、建設そのものは紀元前432年のペロポネソス戦争勃発の頃まで続いた。紀元前438年までには外側の列柱上にある小壁と胞室上の壁の一部にあるイオニア式小壁にドーリア式の彫刻装飾が施された。これらの彫刻は神殿を豪華に飾り、宝物庫としての役割にふさわしさを与えた。胞室の奥にあるオピストドモス (opisthodomus) と呼ばれる部屋にはアテナイを盟主とするテロス同盟が拠出した宝物が納められた。日本のテレビ番組「日立 世界・ふしぎ発見!」ではパルテノン神殿にプロジェクションマッピングで色彩を施した[32]

メトープ

西側のメトープ。作成されてから2500年を経て、戦争、汚染、不充分な保全、略奪そして破壊を受け現在に至る。

パルテノン神殿には72枚の高浮かし彫りメトープ(長方型の彫刻小壁[33](en)がある。この様式は従来、神に捧げる奉納の品を納める建物にのみ用いられていた。建築記録によると、これらは紀元前446年から440年の間に製作されたとあり、彫刻家のカラミス (Kalamis) がデザインしたと考えられる。パルテノン神殿正門玄関の上に当たる東側のメトープは、オリンポスの神々が巨人と戦ったギガントマキアーを主題としている。同様に、西端のメトープはアテナイ人とアマゾーンの戦い(英語版)、南側はラピテース族テーセウスの助けを受けて半人半獣のケンタウロスと繰り広げた戦い(en)がモチーフとなっている。北面の主題は「トロイアの落城」である[34]

メトープの13番から21番は失われてしまったが、1674年にフランスのトルコ大使ノワンテル侯爵に随行した画家のジャック・カレイ(en)[35]が描いた絵があり、アテナイ初期の神話などにあるラピテース族結婚にまつわる伝説が描かれている[15][36]。保存状態が悪い北面のメトープには、イーリオスの陥落の故事が彫られたと思われている。

メトープは、身体運動を筋肉でなく輪郭で制限している戦士の表情や、ケンタウロスの伝説(en)像において静脈まで忠実に表現した様を分析した結果から、厳格様式(en)を現在に伝えるものと判断された[15]。神殿に残されたメトープは北側のものを除きどれも酷く痛んでしまった。外されたものはアクロポリス博物館大英博物館ルーヴル美術館[15]に保管されている。

ローレンス・アルマ=タデマ画『フェイディアスとパルテノン神殿のフリーズ』1868年[37]

フリーズ

パルテノン神殿が持つ最も特徴的な装飾は、胞室の外壁を取り囲むイオニア式のフリーズである。これら浅い浮かし彫りのフリーズは、入れられた日付によると紀元前442年から紀元前438年に据えられた。

ある解釈によると、これはケラメイコスにあるデイピュロンの二重門 (Dipylon Gate)を出発しアクロポリスまで行進するパンアテナイア祭 (en)の様式化された姿を写したと言われる。この祭りは毎年開かれたが、特別な大祭が4年に1度催され、その際にはアテナイ人に外国人も加わり女神アテーナーへ生贄と新調されたペプロス(高貴な家柄から選ばれた「アレフォロス」と呼ばれる7-11歳の少女2-4人を中心に、「エレガスティナイ」と呼ばれる年長の少女たちが手助けし9ヶ月かけて織られたドレス)の奉納が行われた[3]

最近、ジョーン・ブルトン・コネリー(en)が異なる解釈を提案した。これによると、フリーズのテーマにはギリシア神話が基礎にあり、エレクテウスの最も年少の娘パンドーラーがアテーナーへ捧げられる故事を描いたという解釈を試みている。この人身御供の描写は、エレウシスの王エウモルポスがアテナイを攻めるため軍を集結した際、都市を守護するアテーナーの求めがあったと考えている[38]

ペディメント

2世紀の旅行者パウサニアスは、アクロポリスを訪れた際に見たパルテノス神殿について、女神の金と象牙の像を書きつつ、ペディメント(切り妻型屋根の破風部)の短い記録も残した。

ペディメントの製作は紀元前438年から紀元前432年わたって行われた。これらパルテノン神殿の彫刻はギリシア古典芸術の傑作であり、剥き出しの、または薄いキトンを通してなお明瞭に体躯を感じ取らせつつ、脈々と表現された筋肉によって描き出された活力みなぎる肉体の自然な動きを表現している。神々と人間の区別は、理想主義と自然主義のふたつを概念的に相互作用させる中でぼやかされつつ、彫刻家の手によって石に刻み込まれた[39]。しかし、このペディメントは現在に伝わっていない。

現在も見られる東ペディメントの一部

東ペディメント

神殿の正面に当たる[20]東ペディメントには女神アテーナーがゼウスの頭部から誕生した物語を描写する。ゴロシア神話によると、激しい頭痛に悩まされたゼウスが苦痛を和らげるために火と鍛冶の神ヘーパイストスに命じて槌で頭を叩かせた。するとゼウスの頭が裂け、中から鎧兜を纏った女神アテーナーが飛び出した。この情景を東ペディメントは描写している。

この東ペディメントは教会に転用された際に改築のため破壊されていたが[20]、1674年にジャック・カレイ(en)が写生を残していた。そして、再建時はこれを元に推測や想像が加えられた。アテーナー誕生の出来事では、ゼウスとアテーナを中心に、ヘーパイストスヘーラーなど主だったオリンポスの神々が周りを取り囲んでいなければならず、カレイの絵を中心に南北に配列を加えて再建が行われた[40]

西ペディメント

プロピュライア(正門)に面する西ペディメントは、アテーナーとポセイドーンが都市の守護者たる立場を争った姿が表現されている。二柱の神は中央で対峙し、反らせたお互いの体躯を中心に対称を成す。向かって左の女神はオリーブの枝を、右の海神は地球を打ち据える三叉の槍をそれぞれ手に持ち、チャリオットを牽く荒々しい馬と、アテナイ神話の個性を備えた軍団が従いながら、破風の鋭角な面を埋めている[41]

アテーナー・パルテノス像

ペイディアス作と判明しているパルテノン神殿の彫像は、唯一ナオス(本殿)に納められたアテーナー像だけである[42]。これは大きな金と象牙の彫像であったが現在は失われ[43]、その写しや壷の絵、宝石のカット、硬貨の意匠および文章で表現された内容しか残っていない。


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