パルテノン神殿 建設

パルテノン神殿

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建設

パルテノン神殿の間取り図

現在のパルテノンに当たる聖域にアテーナー・パルテノスを祀った神殿を建てようという最初の尽力は、マラトンの戦い(紀元前490年‐紀元前488年)が終わった直後に始められた。アクロポリスの丘の南側に、強固な石灰岩の基礎が敷き並べられ、アテーナー・ポリアス(都市の守護神アテーナー)の古風な神殿の建設が始まった。しかし、この古パルテノン(en)と言及される建築物は紀元前480年にアケメネス朝が侵攻しアテナイの都市を破壊し尽くした時も未だ建設途上にあった[13][14]

紀元前5世紀中頃、デロス同盟が成立した時にはアテナイは当時の文化的な中心を担っており、政権を掌握したペリクレスは野心的な建築計画を立案した[15]。アクロポリスの丘に現存する重要な建築物であるパルテノン神殿やプロピュライア、エレクテイオン、アテナ・ニケ神殿は当時に建立されたものである。パルテノン神殿は彫刻家ペイディアス(フィディアス)指導のもと建設され、彫刻装飾も彼の手で施された。建築家イクティノスカリクラテス[16]紀元前447年に施工を開始し、紀元前432年にはほぼ完了したが、装飾の製作は少なくとも紀元前431年までは継続されていた。

パルテノン神殿建設への支出明細が一部残っており、それによるとアテナイから16km離れたペンテリコン山(en)[17]から切り出した石材(大理石)が使われて、アクロポリスまでの運送に多額の経費が掛かった。この資金の一部には、紀元前454年にデロス島からアクロポリスに移されたデロス同盟の宝物が宛がわれた。

ドーリア式を伝える神殿で、現存するものの中ではヘファイストス神殿(en)が最も往時の形を残しているが、建設当時のパルテノン神殿は最高峰の建築だった。ジョン・ジュリアス・クーパー(en)は、「(パルテノン神殿は)今まで建設された全ての中で無二のドーリア式建築物という評に浴している。古代のものでありながら、その建築にそなわる気品は伝説的でもあり、特にスタイロベートの湾曲、テーパがつけられたナオス(本殿)(en)の壁、エンタシスの円柱などが巧みな調和を醸している。」と評した[18]。「エンタシス」とは、上に向かうにつれ大きくなる円柱のわずかな膨らみを指し、パルテノン神殿のそれは先例の葉巻のような形状に比べれば変化は少ない。円柱が立つスタイロベートは、他のギリシア神殿と同様に[19]ほんの少し上に凸の放物線状の形をなしており、これは雨を排水する意図が盛り込まれている。この形からすると円柱上部は外向きに開いているのではと思いがちだが、実際には内側へわずかに傾いて立てられている[20]。柱はどれも同じ長さをしており、そのためアーキトレーブや屋根もスタイロベート上部と同様な湾曲があり、ゴーハム・スティーブンスは神殿の西側前面が東側よりもわずかに高くなっている点と併せて「全てが繊細な曲線を構築する規則に従っている」と指摘した[21]。このような設計に含まれた意図について、「光がもたらす気品」を狙ったという説もあるが、一種の「錯覚による逆説的効果」を狙ったと考えられる[22]。2本の平行線を描く柱を見上げた時、梁などの水平部分がたわんでいるか両端が曲がっているかのように見え、神殿の全景を概観すると、まるで天井や床が歪んでいる錯覚を覚えてしまう事をギリシア人は意識していた可能性がある。これを避け、神殿が完全に見えるように設計者はわざと曲線を加え、錯覚を補う意図があったものと考えられる。そして、直線だけで構成された単純かつ凡百の神殿と差別化する躍動感をパルテノン神殿に与えたという説もある。

パルテノン神殿などアクロポリスの建造物には、黄金比に基づいて建設されたものが複数存在するという研究報告がある[23]。パルテノン神殿の正面全貌は各要素ともども黄金長方形で囲われている[24]。この、設計に黄金比が用いられた事象についてはさらに近年研究が進み[25]、神殿に見られると言われていた黄金比は後付の都市伝説であって、実際には正確な比率になっていない[26]

スタイロベートを測定した結果から、パルテノン神殿の基盤は長さ69.5m(228.0フィート)、幅30.9m(101.4フィート)である[27][28]。胞室(en)は長さ29.8m(97.8フィート)、幅19.2m(63.0フィート)であり、内部には屋根を支える2列の柱が立てられている。外周にあるドーリス式円柱は直径1.9m(6.2フィート)、高さ10.4m(34.1フィート)であり、四隅の円柱は若干大きい。柱の合計は外周に46本、内部に19本ある。この際、威容を持たせるため正面の柱が通常6本のところ8本にされたとの説もある[29]。スタイロベートは東西の端で60mm(2.36インチ)、南北で110mm(4.33インチ)上向きに湾曲している。屋根は大きな大理石の平瓦と丸瓦(en)で葺かれている。

パルテノン神殿に使われる石材は、円柱のドラム1個当たりが5-10トン、梁材は15トン程度の重量であった。これらは高い加工が施され、例えば円柱ドラムの接合面にある凸凹は1/20mm以下に抑えられ、面接合の密着精度は1/100mm以下であり、エジプトのピラミッドのように調整用モルタルは使われていない。この精度は、検査用の塗料を塗った円盤を用意し、接合面と円盤を摺り合わせて凸面を検出し磨く作業を繰り返して実現した[30]。石材の吊り上げには滑車と巻き上げ装置を備えたクレーンが実用化されており、これに対応するため石材にも吊り上げ時に綱を引っ掛ける突起や溝をつける加工が行われた[30]


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