イギリス陸軍
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/19 20:58 UTC 版)
歴史
概要
イギリス陸軍は、ブリテン島本土或いは北アイルランドその他の海外領土(北アイルランドは連合王国の一部ではあるが、イギリス陸軍の地域区分では「海外」となっている)をテロを含む軍事的脅威から防衛すること、NATOによる共同防衛に参画すること、NATO枠外での紛争介入や平和維持活動等をおこなうこと、必要とされた場合地方自治体等に非軍事分野のものを含む支援活動をおこなうこと、などを任務としている。
もともとイギリスは島国であり、地政学的に言って地上部隊による脅威を受けづらい環境にあり、第二次世界大戦においてすらブリテン島本土に上陸侵攻を受けることはなかった。したがって歴史的にも、また現代においてもイギリス陸軍は基本的に海外での活動にその力点を置いており、ブリテン島本土の防衛はほとんどの時代において2次的な任務である。
また実際問題として、予見しうる将来において最悪の状況が発生したとしても、常識的にはブリテン島本土が外国軍によって上陸侵攻を受けることを到底考えることが出来ない以上、現代においてもこの傾向は変化していない。イギリス陸軍の実戦配備部隊はそもそも海外に駐留しているか、国内に駐留していたとしても国外に展開することを前提とするものがほとんどで、本土防衛にあてられる部隊は国防義勇軍(TA:Territorial Army)という予備役部隊による2線級部隊を主体としている。
ただし対テロ活動は別問題であり、北アイルランド紛争に起因するIRA暫定派による爆弾テロ、また近年ではイスラム系テロリストの脅威に対応するため、HUMINT部隊である特殊偵察連隊が新設されるなど、その対策はむしろ強化されている。
また、NATOの一員としての共同防衛活動に関しては、NATOに対するNATO域外からの軍事的脅威が(少なくとも冷戦期と比較すれば)大幅に減少したことを受け、大幅な数的削減と同時に、西ヨーロッパ大陸部での全面戦争状況下における機甲戦を指向した戦力から、地域紛争への介入を指向した戦力への質的方向転換が図られている。
呼称
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イギリス陸軍には、海軍・空軍とは異なり、その名称に“Royal”すなわち『王立』の文字がつかず、陸軍に関しては飽くまでも“British”を冠するものが正式名称である。これは、海軍・空軍が国王大権に基づく国王・女王すなわち国家元首(および元首によって象徴される中央の行政府)に専属する単一の常備軍であるのに対して、あくまで陸軍は立法府である議会の許可に基づいて臨時に召集・編成され、かつ各連隊にも国王以外のカーネル・イン・チーフ(Colonel-in-Chief)が存在することによるものである。しかし、これはイギリスによく見受けられる時代がかった建前であって、実際には海軍・陸軍・空軍のいずれも厳格な文民統制の下にある“イギリス国家の軍隊”である。それでもなお、イギリス陸軍においては連隊ごとに強い独自性を残しているなど、他国の近代軍には稀な特色も備えている。
また、イングランド内戦と共和政時代を経て起こった名誉革命後に権利の章典が成立して以来、イギリスでは議会の許可なく平時における常備陸軍(peace-time standing army)を編成することが禁止されている(権利の章典の成立以前も常備陸軍を編成することは一種のタブーではあったが、明文化されたものではなかった[6])。現在においても一定期間ごとに「臨時に」陸軍を編成する許可を議会が可決する必要があるが、これは軍の職業化と専門化が高度に進んだ近現代においては、もはや建前とすら言いがたいほどに形骸化しており、実態としてはイギリス陸軍は平時においても常備軍である。
連隊とカーネル・イン・チーフ
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前述のように、イギリス陸軍はそれぞれ個別の「カーネル・イン・チーフ」(名誉連隊長)が所有する連隊のいわば寄せ集めである。カーネル・イン・チーフはかつては私財をもって連隊を養う実際上の所有者であったが、現在においては全ての連隊にかかる費用は国家予算によってまかなわれている。しかし形骸化し実際の仕事は連隊の式典に出席するぐらいになったとはいえ、カーネル・イン・チーフという制度自体は現在も存在しており、特殊偵察連隊(SRR:Special Reconnaissance Regiment)のような特殊なものを除いて、ほぼすべての連隊にカーネル・イン・チーフが存在している。
2006年6月6日以降、カーネル・イン・チーフはすべてイギリス王族または外国国王である[注 1]。また、軽竜騎兵連隊(The Light Dragoons)、ロイヤル・プリンス・オブ・ウェールズ連隊(The Princess of Wales's Royal Regiment 〈Queen's and Royal Hampshires〉)に関しては、それぞれ外国人であるヨルダン国王アブドゥッラー2世、デンマーク女王マルグレーテ2世がカーネル・イン・チーフとなっている。また、2006年6月6日のグリーンハワード連隊(The Green Howards〈Alexandra, Princess of Wales' Own Yorkshire Regiment〉)のヨークシャー連隊への統合まではノルウェー国王ハーラル5世が同連隊のカーネル・イン・チーフの地位にあった。
形式上カーネル・イン・チーフより一つ下の役職である連隊長(Colonel)は、イギリス陸軍においては功績のあった将官もしくは王族による形式上の名誉職であり、連隊の実際の指揮を執ることは現在ではまず考えられないため、その任務は指揮担当士官(Commanding Officer)の役職名で連隊長代理(Lieutenant-Colonel)が行っている。また、この場合の“Colonel”は陸軍大佐(Colonel)と全く同じ語ではあるが陸軍の階級とは関係なく、カーネル・イン・チーフと同様の名誉称号のようなものである。
近衛部隊と儀仗任務
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イギリス陸軍は古くからの伝統の多くを現代にも引き継いでおり、そのなかでもとくにロンドンにおいて近衛部隊等のおこなう衛兵の交代式や騎兵の行進などの各種式典は、ロンドン観光の目玉の一つとしてイギリス国外においても有名である。この式典の多くは近衛部隊によっておこなわれており、これらの近衛部隊を統括する管理部隊として王室師団(Household Division)が置かれている。管理上この師団(名称は師団だが戦闘部隊としての師団とは異なる)に属するものがいわゆる近衛部隊である。
王室師団に属するのは、王室騎兵のライフガーズおよびブルーズ・アンド・ロイヤルズと近衛歩兵(Foot Guards)、すなわちグレナディアガーズ(Grenadier Guards)・コールドストリームガーズ(Coldstream Guards)・スコッツガーズ(Scots Guards)・アイリッシュガーズ (Irish Guards)・ウェルシュガーズ(Welsh Guards)の5個連隊である。また、近衛歩兵は近衛師団(Guards Division)の管理下にもあり、近衛師団には予備役部隊である国防義勇軍(Territorial Army(TA))のロンドン連隊(London Regiment)も加えられる。
王室師団は基本的に管理部隊であり、実際の儀仗任務の運用はロンドン管区(London District)が行なっている。ロンドン管区とはイギリス陸軍の制度における軍管区の一つで師団相当格の組織であり、ロンドンの防衛を目的とする組織で、自動車道25号線(M25)の内側をその防衛管区とし、そこに属する部隊はほかのいずれの司令部にも属さないこととなっている。指揮官(少将(Major General))は王室師団長が兼任し、その麾下に王室部隊(Household Troops)が編成される。王室部隊には王室師団の他に王立騎馬砲兵(Royal Horse Artillery)の王立騎馬砲兵・国王中隊(King's Troop, Royal Horse Artillery)が加わる。
実際の儀仗任務はこのロンドン管区に所属する部隊によっておこなわれるが、ロンドン管区にはすべての近衛部隊が所属するわけでもなく、また近衛部隊以外の部隊が所属しないわけでもない。ロンドン管区に所属する連隊は、具体的には王室騎兵のうち王室騎兵乗馬連隊、王立騎馬砲兵・国王中隊、各連隊に付属する軍楽隊、そしていわゆるパブリック・デューティーによってロンドン管区に配属される各歩兵大隊である。パブリック・デューティーとは、近衛歩兵あるいは戦列歩兵に所属する大隊から、ロンドンの警備部隊を抽出する古くからの制度で、現代においては5個の近衛歩兵連隊に所属する5個大隊から2個大隊が、戦列歩兵連隊からは1個大隊がローテーションでこの任務にあたり、またこのほかグレナディアガーズ・コールドストリームガーズ・スコッツガーズに所属する近衛増強中隊の3個中隊がローテーションしない恒常的なものとして、その任務にあたっている。なお、1994年の陸軍再編の時点で、かつての中隊単位での抽出は廃止され、現在の大隊単位の制度へ移行している。
現在進行中の2008年までの完了を目処とする陸軍の再編後は、現在のローテーション制度が廃止され近衛歩兵の2個大隊と戦列歩兵の1個大隊が近衛増強中隊のような恒常的な儀仗任務につくこととなっている。ただしこの改革については反対もある。(近衛兵 (イギリス)も参照。)
注釈
出典
- ^ Clifford Walton (1894). History of the British Standing Army. A.D. 1660 to 1700. Harrison and Sons. pp. 1–2
- ^ Noel T. St. John Williams (1994). Redcoats and courtesans: the birth of the British Army (1660–1690). Brassey's. p. 16. ISBN 9781857530971
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