デジタル‐ツイン【digital twin】
デジタルツイン
(digital twin から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/28 01:39 UTC 版)
デジタルツイン(英: Digital twin)とは、現実世界に存在する物理的な対象、プロセス、またはシステムを、デジタル空間上に精緻に再現した動的なモデル、およびそれを実現する技術体系の総称である[1]。この概念は、単なる3次元的な形状の模倣(3Dモデリング)にとどまらず、対象物の挙動、機能、状態変化、および時間的な履歴に至るまでを、物理法則やリアルタイムデータに基づいて忠実にミラーリング(鏡像化)することを本質とする[2][3]。
2002年、米ミシガン大学のマイケル・グリーブス博士が、製品ライフサイクルマネジメントに関する学会発表で、後にデジタルツインと呼ばれることになる概念を初めて学術的に体系化した。当初、この概念は「Mirrored Spaces Model」や「Information Mirroring Model」と呼ばれており、「物理モデル」「仮想モデル」「両者間の情報のやりとり」の3要素から構成される、製品ライフサイクルマネジメントの理想的な姿として提示された [4][5]。
「デジタルツイン」という名称が広く使われるようになったのは、NASAの技術者であるジョン・ヴィッカーズが2010年にこの言葉を用いたことが契機とされる [4][6]。その後、グリーブス博士も自身の著書でこの用語を採用したことで、学術界および産業界に広く定着した。
定義
学術文献
研究で用いられているデジタルツインの定義は、2つの重要な特徴が挙げられる。
| 定義 | 著者 |
|---|---|
| "デジタルツインは実空間に対応するライフサイクルを反映するためのマルチフィジックスかつマルチスケールな統合システム。実オブジェクトに対応する物理モデル、センシング、それらの履歴などを利用し統合したシステム群により構築される。" | Glaessgen&Stargel,(2012)[9] |
| "クラウドプラットフォームで動作する実機の結合モデルであり、データ駆動分析アルゴリズムと他の利用可能な物理的知識の両方から統合された知識で損耗状態をシミュレートする" | Lee、Lapira、Bagheri、Kao(2013) |
| "デジタルツインは、物理データ、仮想データ、およびそれらの間の相互作用データを使用して、製品ライフサイクルのすべてのコンポーネントを実際にマッピングしたもの" | Tao、Sui、Liu、Qi、Zhang、Song、Guo、Lu&Nee(2018年) |
| "理解、学習、推論を可能にするリアルタイムのデータを使用して、ライフサイクル全体にわたる物理的なオブジェクトまたはシステムの動的な仮想表現" | ボルトン、マッコール・ケネディ、チョン、ガレン、オーシンガー、ヴィテル&ザキー(2018年) |
| "物理システムのデジタルコピーを使用してリアルタイム最適化を実行する" | Söderberg,Wärmefjord,Carlson,J.S.,&Lindkvist,L.(2017) |
| "デジタルツインは、物理デバイスのリアルタイムデジタルレプリカ" | Bacchiega(2017) |
国際標準化機構 (ISO)
異なるベンダーやシステム間での互換性や信頼性を確保するため、国際標準化機構(ISO)はデジタルツインに関する複数の規格を策定している[10][11]。
ISO 23247(製造業向け)
製造業向けの国際規格ISO 23247では、デジタルツインを「観測可能な製造要素の目的に合ったデジタル表現であり、要素とそのデジタル表現との間で適切な同期を伴うもの」と定義している[10]。これは、製造現場における監視、制御、最適化といった具体的な目的を達成するためのフレームワークを提供するものである[12]。
ISO/IEC 30173
より汎用的な定義として、「対象エンティティのデジタル表現であり、物理状態とデジタル状態間の収束(convergence)を可能にするデータ接続を持つもの」と規定している 。この定義は、デジタルツインの動作原理を以下の4つの構成要素に分解して明確化している[11]。
- 対象エンティティ: デジタルツインの対象となる物理的なモノやプロセス。
- デジタル表現: 対象エンティティの仮想的な表現。
- 収束(Convergence): データ接続を介して、物理状態とデジタル状態が一致するプロセス。
- 適切な同期速度(Appropriate rate of synchronisation): ユースケースに応じて必要な頻度で同期が行われること。
概念
デジタルツインの概念は、クロスリアリティ環境やコスペース、ミラーモデルなどの他の概念と比較することができる。
デジタルツインは、モノのインターネット (IoT)、人工知能、機械学習、ソフトウェア分析を空間ネットワークグラフ[13]と統合して、物理的な対応物の変化に応じて更新および変化する生きたデジタルシミュレーションモデルを作成する。デジタルツインは、複数のソースから継続的に学習および更新して、ほぼリアルタイムのステータス、作業状態、または位置を表現する。この学習システムは、動作状態のさまざまな側面を伝えるセンサーデータや、深く関連する業界領域の知識を持つエンジニアなどの人間の専門家から学習する。また、デジタルツインは、過去のマシンの使用状況からの履歴データを統合して、デジタルモデルに組み込む。
さまざまな産業部門で、デジタルツインは物理的資産、システム、製造プロセスの運用と保守を最適化するために使用されている[14]。これらは、物理的なオブジェクトが他のマシンや人々と仮想的に共存および相互作用できる産業用モノのインターネット(IIoT)の形成技術である[15] 。IoTのコンテキストでは、これらは「サイバーオブジェクト」または「デジタルアバター」とも呼ばれる[16]。デジタルツインは、サイバーフィジカルシステムのコンポーネントでもある。
2021年のシステマティックレビューでは、デジタルツインと人工知能の組み合わせは依然として困難であったと報告されている[17]。
応用事例
製造業
製造業はデジタルツインの導入が進んでいる分野の一つであり、工場全体の最適化や製品のライフサイクル管理で活用されている。例えばトヨタ自動車の欧州の生産拠点(EMC)では、3Dスキャナを用いて工場内部を詳細にデジタル化し、Googleストリートビューのように遠隔地から閲覧できるシステムを構築し、日本のエンジニアが現地に赴くことなく、机上で設備のレイアウト変更や工程改善の検討が可能なデジタルツインを実現している[18]。日立製作所 大みか事業所では、多品種少量生産の制御盤製造において、人・モノ・設備の稼働データをRFIDタグなどで収集し、デジタルツイン上で生産計画のシミュレーションを行っている[19][20]。
都市空間
都市全体をデジタル化する「都市デジタルツイン」は、都市計画、防災、交通マネジメントなどのプラットフォームとして整備が進められている。国土交通省が主導するProject PLATEAUは日本全国の3D都市モデルを整備・オープンデータ化するプロジェクトであり、国際標準規格であるOGC CityGMLを採用し、建物の形状だけでなく、用途、構造、建築年などの属性情報を付与したデータベースを構築しており、洪水時の浸水シミュレーション、太陽光発電ポテンシャルの解析、ドローンの飛行ルート計画、さらにはVRを用いた都市開発など、官民の多様なユースケースで活用されている[21]。
医療・人体
人体のデジタルツイン(Bio-Digital Twin)は、個々の患者の身体的特徴や生理学的状態をデジタル空間に再現し、個別化医療(を実現する技術として注目されている。NTT研究所と国立循環器病研究センター(NCVC)は、心臓や血管の挙動を再現する「循環器バイオデジタルツイン」の共同研究を行っている。これは、患者個人のMRI/CTデータや心電図データなどを基に、血流の流体力学的シミュレーションや心筋の電気生理学的シミュレーションを行うものである[22]。
関連技術
- 有限要素法
- サイバーフィジカルシステム
- インダストリー4.0、インダストリアルインターネット、ソサエティー5.0
- モノのインターネット
- BIM
- 点群 (データ形式)
- 測域センサ、三次元測定機、LIDAR
- 国家座標
- フォトグラメトリー
- ダイナミックマップ
参考文献
- ^ Ahmadi, Hamed; Duong, Trung Q.; Nag, Avishek et al., eds (2024-06-10). “Digital Twins for 6G: Fundamental theory, technology and applications” (英語). Books. doi:10.1049/pbte109e.
- ^ Saddik, A. El (April 2018). “Digital Twins: The Convergence of Multimedia Technologies”. IEEE MultiMedia 25 (2): 87–92. doi:10.1109/MMUL.2018.023121167. ISSN 1070-986X.
- ^ “Minds + Machines: Meet A Digital Twin”. Youtube. GE Digital. 2017年7月26日閲覧。
- ^ a b Singh, Maulshree; Fuenmayor, Evert; Hinchy, Eoin; Qiao, Yuansong; Murray, Niall; Devine, Declan (2021-05-24). “Digital Twin: Origin to Future” (英語). Applied System Innovation 4 (2): 36. doi:10.3390/asi4020036. ISSN 2571-5577.
- ^ “デジタルツインとは | IBM”. www.ibm.com (2021年8月5日). 2025年10月4日閲覧。
- ^ “Why does the world (and NASA) need digital twins?” (英語) (2025年2月18日). 2025年10月4日閲覧。
- ^ Chhetri, Mohan Baruwal; Krishnaswamy, Shonali; Loke, Seng Wai (2004). Bussler, Christoph; Hong, Suk-ki; Jun, Woochun et al.. eds. “Smart Virtual Counterparts for Learning Communities”. Web Information Systems – WISE 2004 Workshops (Springer Berlin Heidelberg) 3307: 125–134. doi:10.1007/978-3-540-30481-4_12. ISBN 9783540304814.
- ^ Bacchiega, Gianluca. “Creating an Embedded Digital Twin: monitor, understand and predict Device Health Failure”. Inn4mech - Mechatronics and Industry 4.0 Conference Presentation - 2018.
- ^ Glaessgen, Edward, and David Stargel. "The digital twin paradigm for future NASA and US Air Force vehicles." 53rd AIAA/ASME/ASCE/AHS/ASC Structures, Structural Dynamics and Materials Conference 20th AIAA/ASME/AHS Adaptive Structures Conference 14th AIAA. 2012.
- ^ a b “ISO 23247-1:2021” (英語). ISO. 2025年10月4日閲覧。
- ^ a b “ISO/IEC 30173:2023” (英語). ISO. 2025年10月4日閲覧。
- ^ Shao, Guodong; Frechette, Simon; Srinivasan, Vijay (2023-06-12). An Analysis of the New ISO 23247 Series of Standards on Digital Twin Framework for Manufacturing. American Society of Mechanical Engineers. doi:10.1115/MSEC2023-101127. ISBN 978-0-7918-8724-0.
- ^ “Azure Digital Twins”. Microsoft. Microsoft. 2018年9月24日閲覧。
- ^ “Digital twin to enable asset optimization”. Smart Industry. 2017年7月26日閲覧。
- ^ “What Are Digital Twins And Why Will They Be Integral To The Internet Of Things?”. ARC. 2017年7月26日閲覧。
- ^ Gautier, Philippe (2011). L'Internet des Objets... Internet, mais en mieux. France: AFNOR. ISBN 978-2-12-465316-4
- ^ Bartsch, Katharina; Pettke, Alexander; Hübert, Artur; Lakämper, Julia; Lange, Fritz (2021-07-01). “On the digital twin application and the role of artificial intelligence in additive manufacturing: a systematic review”. Journal of Physics: Materials 4 (3): 032005. doi:10.1088/2515-7639/abf3cf. ISSN 2515-7639.
- ^ “Digital twins: Toyota's production optimisation and CO2 reduction” (英語). Toyota EU. 2025年12月7日閲覧。
- ^ Solutions, Hitachi (2023年10月11日). “A Guide to Digital Transformation in Manufacturing” (英語). Hitachi Solutions. 2025年12月7日閲覧。
- ^ Ltd, Hitachi. “Omika Green Network: Co-creation of Decarbonization with Growth from a Regional Perspective” (英語). Hitachi Review. 2025年12月7日閲覧。
- ^ “PLATEAU [プラトー | 国土交通省が主導する、日本全国の3D都市モデルの整備・オープンデータ化プロジェクト]”. Plateau. 2025年12月7日閲覧。
- ^ “バイオデジタルツイン研究部|各部のご紹介|国立循環器病研究センター 研究所”. www.ncvc.go.jp. 2025年12月7日閲覧。
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