Nuoroとは? わかりやすく解説

ヌーオロ

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/28 01:41 UTC 版)

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ヌーオロ
Nuoro
Ortobene山からの市街眺望
行政
イタリア
サルデーニャ
ヌーオロ
CAP(郵便番号) 08100
市外局番 0784
ISTATコード 091051
識別コード F979
分離集落 Lollove, Pratosardo
隣接コムーネ #隣接コムーネ参照
地震分類 zona 4 (sismicità molto bassa)
気候分類 zona D, 1602 GG
公式サイト リンク
人口
人口 36,154 [1](2019-01-01)
人口密度 188 人/km2
文化
住民の呼称 nuoresi
守護聖人 雪の聖母 (santa Maria della Neve)
祝祭日 8月5日
地理
座標 北緯40度19分12.22秒 東経09度19分41.08秒 / 北緯40.3200611度 東経9.3280778度 / 40.3200611; 9.3280778座標: 北緯40度19分12.22秒 東経09度19分41.08秒 / 北緯40.3200611度 東経9.3280778度 / 40.3200611; 9.3280778
標高 549 (95 - 955) [2] m
面積 192.27 [3] km2
ヌーオロの位置

ヌーオロ県におけるコムーネの領域
ポータル イタリア
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ヌーオロイタリア語: Nuoro ( 音声ファイル))は、イタリア共和国サルデーニャ州東部にある都市であり、その周辺地域を含む人口約3万6000人の基礎自治体コムーネ)。ヌーオロ県県都である。

名称

日本語文献では「ヌオロ」とも表記される。

サルデーニャ語ではヌーゴロ(Nùgoro)。

地理

位置・広がり

サルデーニャ島内陸部東部、ヌーオロ県の中部に位置する。ヌーオロの市街はOrtobene山の斜面に位置する。

隣接コムーネ

ヌーオロは以下のコムーネと隣接している。括弧内のSSはサッサリ県所属を示す。

歴史

ヌーオロ市を中心とするヌーオロ地域における人類の定住は紀元前3千年紀にさかのぼり、Domus de Janasと呼ばれる墳墓の跡が残されている。

30以上のヌラーゲ遺跡があることから、ヌーオロ地域はヌラーゲ文化(サルデーニャに紀元前1500年頃から紀元前250年頃まで栄えた文化)の中心地であったと考えられている。たとえば、ヌーオロ郊外のタンカ・マンナ(Tanca Manna)には、800戸ほどからなる集落遺跡が見つかっている。

ヌーオロ地域には、カラリス(カリャリ)とウルビア(オルビア)を結ぶローマ街道が通過していた。ローマ人による支配の痕跡は、サルデーニャ語の中にさまざまに残されており、今日もヌーオロで話されている。サルデーニャ語ヌーオロ方言Logudorese dialectは、ロマンス諸語の中でも最も保守的な言語と見なされている。

西ローマ帝国の崩壊後、サルデーニャははじめヴァンダル人の、次いで東ローマ帝国の支配下に入った。ローマ教皇グレゴリウス1世(在位: 590年 - 604年)の書簡によれば、サルデーニャ島の内陸部では、ローマ化・キリスト教化された文化と異教徒の文化が共存していたという。東ローマ帝国の支配力が弱体化すると、サルデーニャ島ではジュディカーティたちが登場した。

1147年に描かれた地図に、Nugor という小さな村がはじめて登場する。つづく2世紀のうちに、Nugor は1000人以上の人口を持つ村へと成長する。サルデーニャ島をアラゴン王国スペイン王国が支配した時代も、ヌーオロは主要な町であり続けたが、17世紀末に飢饉と疫病による被害を受けた。

1720年にサルデーニャ島をサヴォイア家が購入してサルデーニャ王国を形成すると、ヌーオロはこの地域の行政的な中心地となった。1836年に、ヌーオロは都市の格を得た。

社会

人口推移

人口推移
人口 ±%
1861 4,827 —    
1871 5,472 +13.4%
1881 6,099 +11.5%
1901 7,051 +15.6%
1911 7,248 +2.8%
1921 8,534 +17.7%
1931 9,188 +7.7%
1936 11,459 +24.7%
1951 16,949 +47.9%
1961 23,033 +35.9%
1971 31,033 +34.7%
1981 35,779 +15.3%
1991 37,527 +4.9%
2001 36,678 −2.3%
2011 36,674 −0.0%

文化・観光

姉妹都市

交通

ヌーオロ駅

鉄道

道路

国道

人物

著名な出身者

ヌーオロは、1926年にノーベル文学賞を受賞した小説家グラツィア・デレッダをはじめとする多くの文化人を輩出している。デレッダは、イタリア人女性としては初の(そして2012年までで唯一の)ノーベル文学賞受賞者である。

脚注

外部リンク



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