デボラ・ハリー
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/08 00:52 UTC 版)
| デボラ・ハリー Debbie Harry |
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1977年
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| 基本情報 | |
| 出生名 | デボラ・アン・ハリー(Deborah Ann Harry) |
| 生誕 | 1945年7月1日(80歳) |
| 出身地 | |
| ジャンル | パンク・ロック、ニュー・ウェイヴ、ディスコ、レゲエ、ヒップホップ |
| 職業 | ミュージシャン、ヴォーカリスト、シンガーソングライター、女優 |
| 担当楽器 | ボーカル、パーカッション、タンバリン、フィンガーシンバル、クラリネット |
| 活動期間 | 1968年 - 現在 |
| レーベル | クリサリス・レコード ゲフィン・レコード サイアー・レコード Eleven Seven Music |
| 共同作業者 | ブロンディ |
| 公式サイト | Blondie.net |
デボラ・ハリー(Deborah Harry、1945年7月1日- )は、アメリカのロック歌手、シンガーソングライター、女優。代表曲には「イン・ザ・フレッシュ」「夢見るNo.1」「ラプチャー」などがある。
デビー・ハリー(Debbie Harry)の名でも知られ、同国のロック・バンド「ブロンディ」のボーカルを務めている。ブロンドと赤い唇がチャームポイントとして知られている[1]。
来歴
フロリダ州マイアミに、アンジェラ・トリンブル(Angela Trimble)として生まれた[2]。生後3か月で、ニュージャージー州ホーソーンに住むリチャード・ハリーとキャサリン・ハリー夫妻のもとへ養子に出された[3]。ハリー夫妻はみやげ屋を営んでおり、アンジェラの名前は「デボラ・アン・ハリー」となった。
1963年にホーソーン高校を卒業し[4]、1965年に同州ハケッツタウンにあるセンテナリー大学を卒業した[5]。1960年代後半にニューヨークに移住。BBCラジオに秘書として1年勤務。その後、ナイトクラブ「マクシズ・カンザス・シティ(Max's Kansas City)」でウェイトレスをしたり、ユニオンシティのディスコでゴーゴーダンサーをしたり、プレイボーイのバニーガールをしたりして生計を立てた。
フォーク・グループ「ウインド・イン・ザ・ウィロウズ (The Wind in the Willows)」のバックシンガーを経て、1970年代初頭に3人組のガールグループ「スティレットーズ」に参加。そのバックバンドのメンバーだったクリス・スタインらとともに1974年、ブロンディを結成。バンドは成功を収め、デボラ自身も自らの唇に保険がかけられるほどの人気を得る。バンドが成功を収めた後はソロ活動も活発化させる。5枚のソロ・アルバムを発表。
1976年にアルバム『ブロンディ』でデビューし、オーストラリアで小ヒットを記録した。[6]ニュー・ウェイヴ時代の代表曲にはドリーミーな「イン・ザ・フレッシュ」があげられる。その後セカンド・アルバム『プラスティック・レター』、サード・アルバム『パラレル・ライン』をリリースし、徐々にシングル・ヒットも記録するようになった。主なヒット曲には「ハート・オブ・グラス」「コール・ミー」「夢見るNo.1」「ラプチャー」などがある。1981年にはシックのナイル・ロジャース制作によるソロ・アルバム「クー・クー」をリリースした。1983年、デイヴィッド・クローネンバーグ監督の『ヴィデオドローム』に出演。以後、女優としての活動も並行して行う。1997年にはブロンディを再結成させた。
ディスコグラフィ
- ブロンディとしてのものは当該項のディスコグラフィを参照のこと。
ソロ・アルバム
- スタジオ・アルバム
- 『予感』 - KooKoo (1981年)
- 『ロックバード』 - Rockbird (1986年)
- 『デフ、ダム・アンド・ブロンド』 - Def, Dumb & Blonde (1989年)
- 『デブラベーション』 - Debravation (1993年)
- Necessary Evil (2007年)
- コンピレーション・アルバム
- 『スーパー・ダンス・ヒット・リミックス!』 - Once More into the Bleach (1988年) ※ブロンディ時代も含む編集盤
- 『ザ・コンプリート・ピクチャー』 - The Complete Picture: The Very Best of Deborah Harry and Blondie (1991年) ※ブロンディ時代も含む編集盤
- Deborah Harry Collection (1998年)
- Most of All: The Best of Deborah Harry (1999年)
映画出演
- 『ヴィデオドローム』 - Videodrome (1983年、カナダ)
- 『ヘアスプレー』 - Hairspray (1988年、アメリカ)
- 『ニューヨーク・ストーリー』 - New York Stories (1989年、アメリカ)
- 『フロム・ザ・ダークサイド 3つの闇の物語』 - Tales from the Darkside (1990年、アメリカ)
- 『真夜中の殺人コール』 - Intimate Stranger (1991年、アメリカ)
- 『ウイッグストック』 - Wigstock: The Movie (1995年、アメリカ)
- 『君に逢いたくて』 - Heavy (1995年、アメリカ)
- 『ハードコア・デイズ』 - The Fluffer (2001年、アメリカ)
- 『デュースワイルド』 - Deuces Wild (2002年、アメリカ)
- 『死ぬまでにしたい10のこと』 - My Life without Me (2003年、アメリカ)
- 『エレジー』 - Elegy(2008年、アメリカ)
脚注
- ^ “まさに美魔女!「ブロンディ」のデボラ・ハリー、72歳の美貌に絶賛の声!”. ニュースウォーカー (2018年2月13日). 2018年9月27日閲覧。
- ^ Harry 2019, p. 8.
- ^ Kane, Pat (2007年7月16日). “Feeling right at home”. The Scotsman. 2019年1月9日閲覧。
- ^ ニュージャージー州の高校。同州の出身者にはブルース・スプリングスティーンや、クール&ザ・ギャングのメンバーらがいる
- ^ “Centenary College Honors Deborah Harry as a Distinguished Alumna”. 2012年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年10月20日閲覧。
- ^ “Blondie – Blondie”. 2026年3月4日閲覧。
参考文献
- Harry, Debbie (2019). Face It: A Memoir. New York: Dey Street Books. ISBN 978-0-063-00957-8
- Porter, Dick; Needs, Kris (2012). Blondie: Parallel Lives. Music Sales Group. ISBN 978-0-857-12780-8
外部リンク
- 公式ウェブサイト
- Debbie Harry/BLONDIE (@blondieofficial) - X
- debbie-harry.net/Oracle of WiFi
- Official Debbie Harry Myspace - Myspace
- デボラ・ハリー - IMDb
「Deborah Harry」の例文・使い方・用例・文例
- Deborah Harryのページへのリンク
