BRM P180とは? わかりやすく解説

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BRM・P180

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/24 17:26 UTC 版)

BRM・P180
カテゴリー F1
コンストラクター BRM
デザイナー トニー・サウスゲート
先代 BRM・P160
後継 BRM・P201
主要諸元
エンジン BRM・P142 V12 NA ミッドエンジン
タイヤ ファイアストン
主要成績
チーム マールボロBRM
ドライバー ジャン=ピエール・ベルトワーズ
ピーター・ゲシン
ハウデン・ガンレイ
ビル・ブラック
ブライアン・レッドマン
出走時期 1972
通算獲得ポイント 0
初戦 1972年スペインGP
最終戦 1972年アメリカGP
出走 優勝 表彰台 ポール Fラップ
5 0 0 0 0
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BRM・P180は、F1コンストラクターのブリティッシュ・レーシング・モータース(BRM)が1972年に開発したフォーミュラ1カーである。デザイナーはトニー・サウスゲート

概要

1972年からマールボロがBRMのスポンサーに付き、多額の資金を得て開発された。P180の特徴はラジエターやオイルクーラーを車体最後部に配置して重量をマシン後半に集中させている点(重量配分は前輪30、後輪70[1]。)である。フロントのノーズは低く薄いスポーツカーノーズを採用(実戦では使用されず、通常のウイングノーズを使用)。空力を意識してコクピット前方が低く設計され、その結果コクピットカウルとステアリングホイールが干渉してしまうため、ステアリングを逃す穴が開けられている。

2台製作されスペインGPピーター・ゲシンのドライブによりデビュー。(ジャン=ピエール・ベルトワーズにも用意されたが、ブレーキの問題のためP160Bに乗り換えた[1]。)。しかし、極端な重量配分によりアンダーステアが発生して操縦性が悪化したため、モナコGPが終わった後一旦レースから撤退。この間アンダーステア解消のためマシンを改修。オイルクーラーがマシン右側に移設されイタリアGPより復帰するが、結果を残すことはできなかった。

10月22日ブランズハッチで行われた非選手権レース「ワールド・チャンピオンシップ・ヴィクトリーレース」でベルトワーズのドライブにより優勝している。

成績

(key)

チーム エンジン タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 ポイント 順位
1972 マールボロ BRM BRM
P142
F ARG
RSA
ESP
MON
BEL
FRA
GBR
GER
AUT
ITA
CAN
USA
0 NC
ベルトワーズ 8 Ret Ret
ゲシン Ret
ガンレイ Ret
ブラック Ret
レッドマン Ret

脚注

  1. ^ a b 大串(1992)p115。

参考文献

外部リンク




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