623年刻字の肯定説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/11 14:43 UTC 版)
「法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘」の記事における「623年刻字の肯定説」の解説
東野治之は本光背銘の詳しい実物調査を行ない、その調査報告に、仏像光背は最初から銘文を入れるように製作されていたことを論証し、それを支持する学者も少なくない(吉川真司、長岡龍作など)。 また、1989年の昭和資材帳調査で、釈迦三尊像の宣字形台座の下座下框から「辛巳年八月九月作□□□□」の墨書が発見された。この下框材は建造物の扉を転用したものとみられ、釈迦三尊像の完成が623年であることから、この墨書の「辛巳年」は621年に比定されている。森岡隆は、「当初から像と台座が一具であったことを示すもので、銘文を後刻したとは考えにくい。」と述べている。
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