2011年の衝突
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/09 15:39 UTC 版)
「プレアヴィヒア寺院」の記事における「2011年の衝突」の解説
「タイとカンボジアの国境紛争」も参照 2011年2月4日以降、同寺院をめぐってカンボジア王国軍とタイ王国軍が交戦状態となり、避難民が数千人発生し、双方に民間人を含め数十人の死傷者が出た。報道によれば、最初の2日間で、タイ側に兵士1名・市民1名、カンボジア側に兵士2名・市民1名の犠牲者が出たという。 軍事的な緊張状態はその後も続いていたが、9月にタイ首相のインラック・シナワトラらがカンボジアを訪問し、紛争解決に向けて動き始めている。 2013年11月には寺院周辺の4.6km2の帰属未確定であった土地についても、国際司法裁判所はカンボジアに帰属するとの判断を下している。
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